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第二部 嗣子は鵬雛に憂う     第135話 成人の儀 其の一       ──決意── 

   霧の様な柔い雨は次第に強くなり、やがて身体に叩き付ける強い雨へと変わっていった。  まるで夜半の暗い天空の、水の底が割れてしまったような勢いで大雨が降り出す。  これは兆しの雨だ。  雨神(うじん)の儀と呼ばれる祀りがある。  早春の六花(りっか)が風花となって地に消え、ひとたびの颶風(ぐふう)春霖(しゅんりん)の雲を呼び寄せると、まどろみのような気候とは裏腹に、肌寒く時折六花の混ざった長雨となる。  雪神(ゆきがみ)雨神(あまがみ)の交替の時期とされ、雪神(ゆきがみ)が眠りに落ちている雨神(あまがみ)を、起こしに行くのだとされている。  そして目覚めたばかりの雨神(あまがみ)を迎えて讃え、今年の雨を約束させるのだ。  兆しの雨に加わる強い風を、覚醒の颶風という。それはまさに雨神(あまがみ)が目覚め、雪神(ゆきがみ)と交替を果たしたという証だ。  この覚醒の颶風は吉兆とされ、颶風から七日後が雨神の儀の吉日とされている。  だが今年はいつもの雨神(うじん)の儀ではない。  雨神(うじん)の儀だけではない、と言った方が良いだろうか。  覚醒の颶風が吹き荒れるまでに、終わらせなければならない儀式がある。  突然降り出した大雨に、衣着の裏や肌まで沁み透る程に濡れてしまったのは、香彩(かさい)紫雨(むらさめ)だった。騎乗している白虎もまた、ふわりとした見事な毛並みがなくなり、幾分か痩せ細ったように見える。  紫雨(むらさめ)が直ぐ様白虎に命じ、雨避けの為の風の結界を張らせたが、髪先から水滴が滴り落ちる有り様だった。  雨と、少しずつ吹き初めていた冷たい風も感じなくなり安心したのか、寒さで身を硬くしていた香彩(かさい)が、ふるりと身を震わせた。  そんな香彩(かさい)を腕の中で感じた紫雨(むらさめ)が、腕の力を強めて抱き寄せる。  護られている。  色んなものから。  触れた所から全身へと、沁み渡る様な紫雨(むらさめ)の体温を感じて、香彩(かさい)は漠然とそんなことを思う。  蒼竜と離れたことにより、熱に浮かされた様だった頭と身体は、徐々に平静さを取り戻しつつあった。だがこれからのことを思うと、あの熱を保ったままの方が良かったのではと、香彩(かさい)は思ってしまうのだ。 (──そうすれば……)  言い訳が出来た。  自分の心に対して。  蒼竜によって生まれた熱を、紫雨(むらさめ)が発散させたのだ、と。  ふるりとこの身体が震えるのは、決して寒さだけの所為ではない。  紫雨(むらさめ)の情の篤さが。  何よりも彼にこの身体を開くことそのものが。それによって自分自身がどうなってしまうのか。この心がどうなってしまうのか。他の雄の匂いを付けた御手付(みてつ)きに、竜紅人(りゅこうと)が一体何を思うのか。分からない。分からないことが何よりも、何よりも恐いのだ。 (……それでも)   覚悟を決めた。  この人が持つものを引き継ぐのだと、覚悟を決めた。そうすることで自分の想い人が、罪悪感など持つこともない、笑っていられる遠い未来があるのだと信じて。

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