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第142話 成人の儀 其の八 ──覚悟を決めて……今は俺に溺れろ──
「……っ」
射貫いてくる深翠がより濃い。そこに籠められた熱に、眩暈を覚えそうだった。
何も応えを返せないまま、香彩 はひたすら息を詰めながら、湯浴衣の胸の部分をぎゅっと握り締める。
発情した蒼竜に植え付けられた、身体の奥に眠る熱は、すでに紫雨 という存在そのものによって揺り動かされ、目覚め始めていた。
普段であれば凛としている、紫雨 によく似た深翠の双眸に覇気はない。それが香彩 の持つ危うい色香ばかりを引き立てていることに、香彩 自身気付くはずもない。
湯槽の縁に沿わせるように投げ出していた紫雨 の腕が、香彩 へと伸ばされる。
薄桃色に仄かに色付いた頬。
形良く、そして過敏な耳。
薄く開いた唇から、微かに洩れる熱い息。
それらをゆっくりと撫でて、やがて唇の輪郭を辿るのは、骨張った長い指だ。
まるで唇の柔らかさを堪能するかのように、親指の腹が唇を辿りつつ軽く押し込む。官能を引き立てるようなその動きに、香彩 は吐息混じりの小さな声を上げた。
今はもうこれ以上、奥に眠る熱を目覚めさせないで欲しい。
そう揺れる香彩 の深翠に、紫雨 は喉奥でくつりと笑うのだ。
──……ほんの一時、ほんの一夜に、慈しんだ花が手元に戻ってきたのであれば、愛でようと思うのは。
──間違いではあるまい……。
「……だから」
覚悟を決めることだ、香彩 。
「覚悟を決めて……今は俺に溺れろ」
気付けば紫雨 の腕の長さほどあった、二人の距離が近くなる。紫雨 が動く度に、ちゃぷん、ちゃぷんと揺れる湯の音を、香彩 は何処か遠い所から聞いているような気がした。
そしていつの間にか、お互いの吐息が口唇を擽るような、そんな距離だ。
「……ん……っ」
うっすらと開いたままの香彩 の口唇を、覆うようにして紫雨 が押し塞ぐ。びくりと見動 ぐ香彩 の身体は、無意識の内に逃げようとしていた。
紫雨 は口唇を合わせたまま喉奥で笑う。その振動が直に口唇に伝わるのか、再び香彩 の身体がびくりと動く。逃がせてなるものかとばかりに、香彩 の細い顎先を、紫雨 の武骨な長い指が絡み取る。
歯列を割った紫雨 の熱い舌が、香彩 の口内に滑り込めば、その舌先が香彩 の舌につん、と触れた。
思わず引っ込ませたその舌の根を擽られたと思いきや、やんわりと歯を立てられ、きつく吸われる。
「──っ、……んんっ……!」
堪らないと言わんばかりの、香彩 のくぐもった声が禊場に響く。舌の根も弱いのだと一体いつ知られたのか。緩急を付けて根から絡み取られ吸われれば、背筋から駆け上がるのは、ぞくりと粟立つ淫楽の情だ。
痛いと思う程に舌根から熱い舌が絡み、吸われたと思いきや、絡みが解かれて根を擽られる。やがて根から溢れ出た蜜が、とろりと口の端から流れ落ちた。
それを追い掛けるように、口唇を解放した紫雨 が、熱い息を吹きかけながら蜜を舐め上げる。
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