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第146話 成人の儀 其の十ニ ──交酒──
また特別な清水と、特殊な術力を編んで作られるというこの酒を、真竜は特に好むとされている。その香りは真竜をいい気分にさせ、飲ませれば酒で酩酊することの少ない真竜を、酔わせることが出来る。
その為か神饌のひとつとして、祀りの時にお供えをするのだ。術者もまた神澪酒 を体内に取り込んで、その気配を振り撒く。祀りで召喚された真竜に少しでも好まれ、円滑に契約を済ませる為だ。
この儀式にも神澪酒 が出てくるのは、当然のことだと香彩 は思った。
四神は真竜の一族だ。
少しでも彼らに気に入られ、体内に取り込みやすくする為に、これから何杯か飲むのだろう。
(……だけど……)
何かおかしいと、香彩 は思った。
神澪酒 を飲むのは初めてではない。十八になる前だが、祀りの時は決まりとして必ず飲んでいたし、時々だが紫雨 が隠し持っていた神澪酒 を拝借することもあった。十八になり、屋台で堂々と酒が飲めるようになってからは、よく頼む酒の一種だったのだ。
だから飲み慣れている酒であり、香りもよく覚えていた。
確かに香りは神澪酒 だ。だが神澪酒 の気配のどこかに、芳醇な甘さを感じるのだ。
それはよく似ていた。
真竜の発情の匂いに。
「……っ」
何度かその香りを嗅ぐだけで、くらりと眩暈がしそうだった。この酒を飲んでしまえば、身体の奥で目覚めつつあるものを、完全に起こしてしまう。そんな予感がして香彩 は無意識の内に、ふるりと身体を震わせた。
「……香彩 」
紫雨 の、艶のある官能的な低い声が名前を呼ぶ。応 えの代わりにぴくりと身体が反応し、香彩 は視線を上げた。
無情にも紫雨 の持つ酒杯が、目の前に、香彩 の口元近くにある。
「交酒 を、香彩 」
熱を孕む彼の深翠と、口元の酒杯から香るものに、体内に潜む熱が煽られる。
どこかぼぉうとした心地のまま、香彩 は自分の酒杯を手に取り、紫雨 の口元へ持っていった。
交酒 は複数の術者で祀りを行う時の、謂わば成功祈願の儀式だ。自分の酒杯を持ち、まずは相手に三口飲ませた後、その者と腕を交差させて自分の酒杯を飲む。そしてお互いに中を空にしたことを確認して腕を外すのだ。人に杯を飲ませること、腕を交差させ杯を飲み干し、腕を外すこと。この一連の流れはある程度、相手の様子を見て見計らう必要がある為、相性を見る交流手段の一貫だとも言われている。
香彩 が紫雨 に向けて酒杯を傾ければ、紫雨 もまた香彩 へ向けて、酒杯を傾ける。
ゆっくりと口腔へ流れ込んでくる神澪酒 は、やはりいつもの馴染みのある味だった。その喉越しはとても熱く辛口だ。だが後味はとてもまろやかで、いつまでも舌で溶け、すっと鼻を通る香りが堪らない、と。
そう思うはずだった。
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