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第147話 成人の儀 其の十三       ──神澪酒──

 こくりと一口飲んだ神澪酒(しんれいしゅ)がやけに熱く感じた。実際には熱くなんてないはずだ。  だが喉を通り、胃腑に落ちる頃には、まるで身体中に神澪酒(しんれいしゅ)が染み渡っていくかのように感じて、酷く身体が熱くなった。二口目を飲むと更に身体は熱くなり、 尾骶が甘く甘く疼く。三口目になると頭の芯のようなところから、白い霧のようなものが溢れ出て、視界を染め、頭の中の思考すら白い霧に染め上げられるような気がした。ぼぉうとして、何も考えられなくそうだった。だがまだかろうじて切れていない理性の鎖が、何とか香彩(かさい)に交酒の儀式を続行させていた。  紫雨(むらさめ)の酒杯が、香彩(かさい)の口元から離れる。香彩(かさい)もまた、どうにかして紫雨(むらさめ)に酒を三口飲ませて、紫雨(むらさめ)の口元から自分の酒杯を離した。  無意識だろうか。  紫雨(むらさめ)は自分の唇に付いている酒を、自身の舌で舐めたのだ。それが獲物を目の前にした舌舐めずりのように見えてしまって、香彩(かさい)は今にも消え入りそうな、か細い声を上げた。   尾骶を疼かせる甘さが、更に濃厚なものになる。だがびくりと身体を動かすことも、身を捩ることも今は出来ない。  酒杯の中の神澪酒(しんれいしゅ)が溢れてしまうからだ。  量はあと一口分だろうか。  熱い息を()いてしまいそうになるのを、香彩(かさい)は何とか堪えながら、紫雨(むらさめ)と酒杯を持つ腕を交差させた。  近付く距離に胸が痛くなる。  紫雨(むらさめ)が孕んだ熱を保ったまま、じっと香彩(かさい)を見つめていた。焔を宿したような瞳が射貫くのを感じて、香彩(かさい)は思わず視線を逸らす。  交差させた腕から紫雨(むらさめ)の隠し持つ熱を、まざまざと思い知らされるようだった。いつもよりも高い紫雨(むらさめ)の体温を感じながら、香彩(かさい)は残りの酒杯を一気に呷った。  それがまさに(とど)め、だったのだろう。 「──……っ、はぁ……っ!」  喉を通り身体に染み渡る神澪酒(しんれいしゅ)の熱さに、身を捩り、震わせる。   酒杯を口元から離し、紫雨(むらさめ)と絡めた腕を解く。そして何とか割れないように酒杯を卓子(つくえ)に置くと、香彩(かさい)は艶っぽい息を吐いた。  身体が、熱い。  熱くて、熱くて、堪らない。  視界がくらりと動くのに耐え切れず、撓垂(しなだ)れるようにして、卓子(つくえ)に突っ伏す。  そしてこの熱さをどうにかしてほしいのだと、目で訴えるかのように、視線だけ紫雨(むらさめ)へと向けた。  おかしい、と。  熱に浮かされた頭の、僅かに残る冷えた部分で香彩(かさい)は思った。  自分はあの程度の酒の量で、酔ってしまったのだろうか。飲み慣れている酒で、しかもたった数口だというのに。 (……違う……)  酩酊感は確かにある。  だがこの身体の熱さは、酒に酔った時のものと明らかに違うのだ。 (似て……る……)   竜紅人(りゅこうと)の唾液を初めて飲まされた時と。 「……っ、なに、か……」  神澪酒(しんれいしゅ)の中に入れたの、と。  卓子(つくえ)から何とか上体を起こして、香彩(かさい)紫雨(むらさめ)にそう聞こうとしたが、途中で口を噤んだ。  紫雨(むらさめ)香彩(かさい)の酒杯を飲んでいるのだ。だが紫雨(むらさめ)にそういった変化は見られなかった。 (……ではこれは……)  一体何なのか。

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