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第151話 成人の儀 其の十七       ──いい子だ──

 寝台に座っている紫雨(むらさめ)が、腕を広げる。  その姿を見て、香彩(かさい)はくらりと眩暈を覚えるようだった。あのまま紫雨(むらさめ)が立ち上がって、香彩(かさい)を寝台に連れに来てくれたなら、何も考える必要なんてなかったというのに。  だが今、紫雨(むらさめ)の前で自分で言い出したことだ。  紫雨(あなた)に抱かれると決めたのは、他でもない自分自身なのだ、と。 「……おいで。香彩(かさい)」 「──……っ」  熱を孕んだ官能的な低い声が、香彩(かさい)の全身をくまなく撫でていく。  声に命じられるがまま、吸い寄せられるかのように香彩(かさい)は立ち上がり、一歩、また一歩と、寝台の方へと歩みを進める。  ちゃんと歩けているのかすら分からないほど、今の香彩(かさい)にとって自分というものが朧気に感じた。  ただ自分を見る、色を含んだあの翠水だけが頼りだった。  牀榻を照らす灯籠の仄かな明かりが揺らぐ。その温かみのある橙色の焔の下で鋭く耀く目が、揺れ動く香彩(かさい)の瞳を導き、少しずつ追い詰めていく。  まるで焔を宿したような瞳だった。  目は何よりも雄弁だ。その視線に籠められた欲情に刺激されて、ただ視られているだけだというのに、香彩(かさい)の背中をぞくりとしたものが駆け上がり、だんだんと息は乱れていく。  ああ、見られている。  紫雨(あなた)に抱かれるために、紫雨(あなた)に向かって歩いているところを。  目で全身を愛撫し、嬲られるかのように感じるのは、気のせいではない。  あの寝台で大型の獣が、今か今かと獲物を待ち受け、舌舐めずりをしているように感じるのも、気のせいではない。  ずくりと尾骶が鈍く痛む。  堪らない気持ちのまま、紫雨(むらさめ)の大きな体躯に拠り、香彩(かさい)は切なく瞳を揺らした。褥の上で座る紫雨(むらさめ)の肩に手を掛け、戸惑いながらもその膝の上に、そろそろと跨がる。  その指先を取られて、愛しげに華やかな音を立てて口付けられ、導かれるのは紫雨(むらさめ)の逞しい首筋だ。 「……いい子だ」  ああだめだ。  だめだその声は。  ただ耳元で囁かれるだけで、身体の力が抜けそうになる。ぞくりとした粟立つものが尾骶から背筋をぞくぞくと駆け上がり、頭に達してもう何も考えられない。 「かさい……」  紫雨(むらさめ)の声が一層、低くなった。  情欲を深く滲ませた、官能的な艶のある響き。  それと共に、捲り上がった衣着から見える、香彩(かさい)の形の良い白い腿に、骨張った熱い手が触れた。

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