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第153話 成人の儀 其の十九★      ──唇痕──

 再び紫雨(むらさめ)が角度を変えて、色づき濡れる香彩(かさい)の口唇に食らい付く。  接吻(くちづけ)を交わしながらも、(いざらい)から腰の括れを堪能していた紫雨の手は、更に上へと上がり、香彩の肩を掴むと、そっと白衣を乱し、はだけさせた。  現れたのは香彩の、真珠のような艶を帯びた、欲情した白い肌だ。  上向きに尖り、すでに熟れた色をした胸の頂き。申し訳程度に腰に巻き付く帯と、白衣の隙間から見えるのは、すでに硬く勃ち上がっていた屹立。若い身体の芯はすでに下腹部に付くほど勃ち上がり、紫雨の目に晒される羞恥と快感に震え、うっすらと透明な蜜を溢れさせている。  肌が空気に晒される感覚に香彩は、甘やかなくぐもった声を喉奥から洩らし、身を震わせた。  紫雨もまた喉奥で面白そうに、くつくつと笑う。  香彩の透き通った白い肌に浮かぶのは、唇痕だ。薄桃色したものから、まだ艶やかさを残したもの、そしてそれらを通り越して青紫色をしたものなど、様々な色をした華を咲かせている。  口唇を離した紫雨は、くつくつ、くつくつと笑いながら、香彩の首筋に残された淫靡な唇痕と噛痕に引き寄せられるかのように、己の口唇を充てた。 「随分と悩ましいな。先日も見事な所有印だと思ったが……今回もまぁ、見事なことだ。余程俺を牽制したかったらしい。一夜限りだというのに、ここまでとは」  真竜の執着とは恐ろしいものよ。 「……あ」   紫雨の舌が香彩の首筋を這う。  温かくぬめりとした舌が、竜紅人(りゅこうと)の付けた唇痕をゆっくりと舐め上げている。  ぴちゃりと。  舌に唾液を含ませる音を聞くのと同時に、衣擦れの音が香彩の耳を刺激する。  腰に引っ掛かる程度に緩められていた帯が、あっけなく解かれた。すでに細い肩を顕にしていた香彩の白衣がすとんと落ち、跨がっていた紫雨の腰元辺りでひとつの塊のようになっている。それを紫雨の手が横に避ければ、香彩の白い身体が全て顕になった。 「……っ!」  肌が空気に晒される。  何よりもその全てを紫雨に見られている。そう思うだけで香彩は息を詰め、身体を戦慄かせた。 「──んっ!」  唐突に背筋を駆け上った感覚の鋭さに、香彩は甘い喉声を立てる。  紫雨が舐め上げていた竜紅人(りゅこうと)の唇痕を強めに吸い、自分のものへと塗り替えたのだ。 「あ……」  香彩の身体は震えていた。  肌を晒された羞恥の悦楽以上に。  竜紅人(りゅこうと)の唇痕を上書きされた、ただそれだけのことだというのに、心は戦慄を覚え、ふるりと震える。 (……このまま全部塗り替えられてしまったら)  竜紅人(りゅこうと)に愛されたという痕跡が失くなり、匂いすら消えてしまうのではないか。  唇痕に籠められたものが、無くなってしまうのではないか。  だが心の中の冷えた部分が言うのだ。  今更何を言うのか、と。

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