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第170話 成人の儀 其の三十六★       ──嫉妬と罪悪感──

(……ああ、確かに思念体だ。思念体の竜紅人(りゅこうと)だ……)   彼の気配を感じ取りながら、香彩(かさい)はそう思った。  思念体は文字通り、強い『思念』が作り上げる体のことだ。基本の本体があり、本体から抜け出すような形で姿を現すそれは、肉体を持たず、まるで幽鬼のような気配の希薄さを持つのが特徴だ。媒体がなければ、その体を維持できない。  だが香彩の唇痕に埋め込んだ、自身の神気を媒体に現れた竜紅人は、熱すら感じるしっかりとした肉体を持っていた。  それほど自分へ向ける『思い』が強かったのか。何を思って竜紅人が成人の儀の場(ここ)に現れたのか。考えるだけで心が痛くて切なくて、香彩は心を揺らす。 「しかし……嫉妬、だけではないのだろう竜紅人。お前がここへ現れた理由は」  くつくつ、くつくつと笑い声が聞こえた。  とても愉快なものを下から覗き見るかのように、紫雨(むらさめ)が口元に弧を描く。 「香彩がこれから感じ続けるだろう罪悪感を、少しでも薄める為……違うか? 竜紅人」  ぴくり、と。  紫雨の言葉に反応したのは香彩だった。  心の奥底に、ひたすら隠していたものを、無理矢理引き上げられたかのような、そんな気分がした。  もしくはずっと揺蕩い続けていた感情に、明確に名前を付けられたような、複雑な思いがした。  紫雨の手管によって溶かされた自分を、見られたくない、見てほしくないと思った理由も、それに近い物だったのだろう。 (……それを薄、める……?)  この儀式の為に、本体から思念体まで出して……?  それは一体、何の為……? (ぼくの……ため……?)  香彩が考えられたのは、ここまでだった。  口腔内の弱い所を刺激されながらも、思考の海に入ろうとしていた心を見透かされたのか。竜紅人が香彩の舌を絡ませてながら、ゆっくりと唾液を送り込んだ。 「……んっ」  こくり、喉を鳴らしてそれを飲めば、たった一口で身体が燃えるように熱くなる。  神澪酒によって得られていた媚薬効果に、真竜の唾液が加わったのだ。香彩にとってそれはどんな媚薬よりも濃く、そして甘い誘淫だった。 「……はぁ……っ」  竜紅人の唇が僅かに離れ、お互い吐息が唇に触れる。誘うように竜紅人が舌を出せば、香彩は貪るように吸い付き、その唾液を嚥下する。  こくり、こくりと。  飲めば飲むほど身体は更に熱くなり、香彩は身悶える。それは香彩の中にあった思考や抵抗心を少しずつ溶かし、与えられる悦楽に包み込まれてしまうようだった。  それでも竜紅人の接吻(くちづけ)には際限がない。いつもならばある程度で取り上げられてしまうというのに、香彩の欲しがるがままに与えられる。それはまるで香彩に、紫雨の言葉を聞いてくれるなと言わんばかりだった。

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