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第211話 紫雨と叶 其の三

 六花(りっか)が風花となって地に消え、ひとたびの颶風(ぐふう)春霖(しゅんりん)の雲を呼び寄せると、まどろみのような気候とは裏腹に、肌寒く時折六花の混ざった長雨となる。  雪神(ゆきがみ)雨神(あまがみ)の交替の時期であり、雪神(ゆきがみ)が眠りに落ちている雨神(あまがみ)を、起こしに行くのだとされている。  そして目覚めたばかりの雨神(あまがみ)を迎えて讃え、今年の雨を約束させるのだ。  雨神(あまがみ)は寝起きが悪い上に、気分屋だ。  一度機嫌を損ねると、姿を(あらわ)さなくなるばかりか、極端な雨の降らし方をするようになる。そして雨神(あまがみ)を宥める雪神(ゆきがみ)が居続ける為、低気温が続き、作物の苗すら育たなくなる。  『雨神(うじん)の儀』は、大司徒(だいしと)が本来持つ式神の四神の力や、城を覆い尽くす程の、甚大な護守の力を利用して行われる。  だが昨年、前大司徒が術力減少による力不足の為に雨神(あまがみ)が召喚出来ず、怒りを買った。  当時はまだ司徒(しと)の位にいた香彩(かさい)が、自身が持つ『力』を贄に四神を借り受け、雨神(あまがみ)よりも位の高い友人達の力を借りて、ことなきを得たのだ。  『雨神(うじん)の儀』まで日がない。  兆しである春冬(しゅんとう)長雨(ながさめ)は、雪神(ゆきがみ)の意思も持って降り続け、そしてついに先日、覚醒の颶風(ぐふう)が吹いた。  古来より儀の吉日は春冬の長雨、覚醒の颶風が吹いて七日後の早朝だ。  今の香彩(かさい)の状態で儀式を執り行うことが可能なのか、過去に例がなく、紫雨(むらさめ)自身も分からなかった。  内包する術力のみで果たして餌となるのか。  内に引き継がれた四神は、発動はしてないが、確かに香彩の中に存在している。  彼らは内にあって真竜の核より術力を守れるのか。  何よりも一番は『術力を発動』させられる状態に、香彩を持っていくことだ。  会って術力が戻るのならいくらでも会おう。  だが逆効果なのは目に見えている。 (……では、どうすればいい……?) (……どうしても術力を使わねばならない情況を、作るな……)  俺であれば。 「……やはり、悪趣味だな。(かのと)」 「精神的過負荷による術力の喪失。ならば別の要素を持った過負荷をぶつけてやれば良い。目には目を……とまでは言いませんが、例えば術力が使えなければ……」  貴方が死ぬ、とか……?  楽しそうに笑いながら言う叶に、紫雨は頭を抱える。 「少なくとも、幼なじみに対して使う言葉ではないな?」 「愛しい息子の為だと思えば、ねぇ? 『古参の道師』達が何かと訝しんでいる様ですし……まあ、あの子の潜在能力のひとつやふたつ、見せ付けてやれば、二度と何も言ってこないでしょうが」 「──何をすればいい?」  紫雨の言葉に叶が幽鬼めいた表情で、にぃ、と笑う。 「……北東鬼門で跋扈していた病鬼を捕まえてあるんです。精神体で、さほど強くない鬼の一種ですが、今の貴方では自ら落すのは、困難でしょう?」    

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