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第212話 待ち人 其の一

   楼閣城壁という、全てを紅に染められた、三層から成る建物がある。それは中枢楼閣をぐるりと囲み、城を守るようにして建てられている。  その南に、朱門と呼ばれる大きな門があった。  この朱門には、物事の夜明けを知らせる吉兆の朱鳥(あけみどり)、朱雀が焔を身に纏い、空に向かって啼く姿で描かれている。朱雀門とも呼ばれ、大司徒(だいしと)の式のひとつである朱雀が宿るとされていた。  門柱を始め、壁や釣り燈籠などに、黄金に輝く竜の装飾がたくさん施されていて、行き交う人々の目を楽しませている。清掃が行き届いているのか、曇りひとつ無い。  朱門の中は、門といえどもかなりの広さがあり、この中では中枢楼閣に出入りする為の監査が行われている。  司官は勿論のこと、客人や旅人、中枢楼閣へ物を売りに来た商人など、中枢楼閣に出入りする者は必ず監査を受ける。  その人数は多い。  司官は専用の監査があり優先的に先に通されるが、それ以外の者は監査が済むまで待たされることになる。  その為に朱門内には茶屋や食事処、簡易の宿泊施設などがいくつか存在する。  待ち合い場所に指定されたのは、朱門内にある彼行き付けの茶屋だった。  大宰(だいさい)に付いて、月に何度か直轄地の視察に行く彼にとって、朱門やその中にある茶屋などは、馴染みのあるものだろう。  だが年のほとんどを中枢楼閣内で過ごす香彩(かさい)には、あまり馴染みのない場所だ。時折楼閣外へ出掛けることはあったが、特に待たされることなく監査が終わる為、この場所は素通りすることが多かった。  中の茶屋で待てば良かったのだろうと思う。甘味好きな彼のことだから、きっと個室を用意していることだろう。  なんとなく入り辛かった。  だが朱門の門柱に凭れ掛かり、彼を待っているのも辛くなってきた。  香彩はただひたすら、はらりと舞った春花が落ちて、薄っすらと濡れた石畳に飾り付く様を見つめていた。  つくため息はどこか艶めいて、大きい。  道行く司官が、盗み見るようにして香彩の姿を確かめて通り過ぎて行く。視線を感じて合わせようものなら、ばつの悪そうな顔をして、慌てて去って行くのだ。  その視線を以前の香彩ならば、気にも止めなかった。何を見ているのだろう、何か付いていたのだろうかと、視線の意味を考えることをしなかった。  好奇な視線も。  性的な視線も。 「……本当、前までは気にもならなかった」  そう呟く香彩の声は、春嵐の慟哭により掠れていたが、ようやく本来の声色に戻りつつある。  視線が嫌で俯けば、春花のようなこの季節に似合いの藤色の髪が、さらりと揺れた。  若獅子にも似た、しなやかで優美かつ、経験の薄そうな若さ特有の仕草の様なものが、元来から持つ美貌と重なって周りの視線を放さない。     「──大きなため息ですね、香彩」   不意に呼ばれて、顔を上げる。  待人の物柔らかかつ、冷ややかな声色。  その姿に香彩は思わず視線を奪われる。  

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