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第216話 聞耳

 監査の待ち人の多い茶屋だが、こういった個室は商談にも使われることが多い為か、壁は厚く作られている。普通の話し声程度では聞こえることはない。  だが隣室を利用する者達は、厚い壁によってくぐもってはいたが、聞き取れる程度には大きい声量だった。 『……かし、この監査という物も、少し考えて貰いたいものだ』 『全くだ。司官という特別枠があるものの、こうも毎回待たされては、刻の無駄というもの』  男の意見に数人が同調するような言葉が聞こえてくる。 『……そういえば聞きましたか? 例の噂を』 『ああ……あれだろう? 前大司徒(だいしと)のご子息、香彩(かさい)様のことだろう?』 『なんでも『御力』を失くされたとか』  びくりと香彩が身体を震わせた。  出ましょう香彩という咲蘭(さくらん)に対して、香彩は応えを返すことが出来なかった。自分の身体が自分の物では無くなったかのように、口を開くことも、席を立つことも出来ない。背中に流れる冷たい汗を感じながら、ただ耳を澄ますことしか出来なかった。 『では今度の雨神(うじん)の儀は誰が?』 『大宰(だいさい)紫雨(むらさめ)様しかおらんだろうが』 『だが彼君の力は雀の涙。病鬼すら消せまい。雨神(あまがみ)様を降臨させることなどとてもとても……昨年、香彩様が務められた理由もそれだろう』 『何、香彩様には高位の真竜の加護がある。それに雨神(あまがみ)様のお気に入りというじゃないか。あの愛嬌のある顔で、ちょちょいとお願いすれば、雨神(あまがみ)様も言うことを聞いてくれるんじゃないのか?』 『術力(えさ)のない状態で真竜達(かれら)が果たして、こちらの言うことを聞いて下さるかねぇ?』 『それこそあの華奢な身体を使ってだな……』 『ご奉仕、というわけか。それは是非とも拝見したいものだ』  男の下卑た笑い声が聞こえてくるのと同時に、別の男が軽く咳払いをする。 『……どこに耳があるのか分かりませんぞ』 『それは失敬』  悪びれた様子もない男の声に対して、複数の男の笑い声がした。  全身に嫌な汗をかきながらも、ぞわりとしたものが香彩の背中を駆け上がる。  自分がそういった性的対象として見られていることを、香彩はずっと何となくだが分かっていた。だがそれが本当に『朧気』だったのだと改めて自覚する。  香彩、と小さな声で咲蘭が呼ぶ。  衣着(ころもぎ)の上からでも華奢だと分かる香彩の肩に咲蘭が手を置くと、咲蘭は気にするなとばかりに無言で首を横に振った。 「……今の内にここを出ましょう」   屋敷まで送ります、と咲蘭が言った刹那のこと。  隣の部屋にいる男の一人が、(かのと)、という言葉を口にした。  香彩の肩を掴んでいた咲蘭の身体が、僅かながら反応を示したことに、香彩は気付かない振りをする。   『なんと……それは本当か?』 『ああ。何でも六層の鬼門に病鬼が出たそうだ。()()()()()()()()()()()()()叶様が、病鬼を見つけて追い払い、縛魔師達に警守の強化を命じられたとか』 『ああだからか。俺はそれを非番明けに聞いたんだが、陰陽屏に紫雨様が詫びに来られて……(ねい)様が対応されていたけど正直、参ったよ。ただな……』 『何だ?』 『紫雨様がいつもと何か様子が違う気がして……』 『大宰(だいさい)との兼業だ。疲れていらっしゃるのでは?』 『いや……何て言えばいいのか。俺は見鬼(けんき)の才はあまりない方で、結構神経を集中させないと『()えない』方なんだが……』 『ん?』 『何だか妙な長い『影』を見た気がしてな……気のせいであればいいんだが……』  

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