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第224話 更なる穢れ 其の五

 全てが終わったら。  四神を受け継いで、無事に『雨神(うじん)の儀』を終わらせたら、蒼竜屋敷に行くはずだったのだ。  発情期を迎えた真竜の、発情を解消させることが出来るのは、その真竜の御手付(みてつ)きだけだ。御手付きと交わることが出来ない真竜は長い間、発情に苦しむことになる。 「──あ……」  湯の中で肌が赤くなるほど手で擦り付けていた香彩(かさい)は、不自然にその動作を止めた。  虚空を見上げたその瞳に、感情の色はない。  ただ、すとんと落ちてきたその『答え』に、ただただ、打ち震える。  それは、知られてしまうということだ。  竜紅人(りゅこうと)に。  交わると、知られてしまう。 (……知られ…たくない……っ!)   この身を暴かれたのだと知られる恐怖が、次第に先程の嫌悪感を凌駕する。  あの時の紫雨(むらさめ)との接吻(くちづけ)を見破った彼だ。隠していてもきっと、竜紅人には分かってしまう。 (──知られたら)  彼にどう思われるのか、それだけがもう恐ろしい。  それになんて畏れ多いことだろう。  恐ろしいのだと思うのに。  穢れた身と分かっていて、彼の、蒼竜の前に立とうとする自分がいる。  熱が必要なのだ。  この身に核を植え付けた、発情期の蒼竜の熱が。 (──僕が原因で、貴方を深く傷付けてしまうことがあるのなら、僕は……貴方を手放し、離れる) (……僕にはもう、貴方を)  貴方を想う資格など、ない。  全てが自分の軽率な行動の結果だ。  ならばその責を負うのもまた、自分だ。    心の嵐とは裏腹に、頭の隅はまるで氷の様に冷えていた。湿り気を帯び始めていたはずの声は、すでにその成りを潜めている。  一筋の涙すら頬を伝うことはない。  やがて心もまた、その荒れ狂うものが突如、しんと凪いだ。  香彩はまるで何かの儀式のように、右手を軽く上げる。追い縋るような湯が、ぴちゃりと音を立てた。  『力』を込める。  相変わらず右手を纏っているはずの、術力の気配が視えない。  だがあの時。  男の精をこの身に受け、穢されたあの時。  確かに特有の蒼白い光が視えた。  術力が術者の言うことを聞いて、爆ぜたのだ。  香彩は右手に『力』を集中させる。  それまで発動せずに、右手に纏わり付くようだった『力』は、ついにその存在すら失ったようだった。  それもそうだろうと、冷えた頭と心で香彩は思う。  切れてしまったのだ。  心奥と身体を、かろうじて繋いでいた気脈の糸のようなものが、完全に。

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