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第228話 寧 其の一

 早朝、香彩(かさい)(かのと)の勅命に従い、皇宮母屋(こうきゅうぼや)の第一層にある潔斎の場に出仕した。  出迎えたのは、既に祀事用の縛魔服に身を包んだ、副官の(ねい)だ。彼に促されるまま香彩は、隣接する禊場で、身体を清める。  御祓(みそぎ)を終えた香彩は脱衣処に上がると、湯浴衣(ゆあみい)を脱ぎ捨てた。それを回収し、大きな布を持って香彩の身体を包んで軽く清拭するのは寧と、『申し子』と呼ばれる祀事に関する雑用と先導を行う、ふたりの少年達だった。  『申し子』は儀式の正装でもある真白の縛魔服を寧に手渡すと、寧が慣れた手付きで香彩に着付けていく。  祀事の際のいつも通りの光景だ。  ──香彩が、寧の手の甲に巻かれた繃帯(ほうたい)に気付くまでは。 「……寧、その手の甲どうしたの? 怪我なんて珍しいよね」  香彩の言葉に着付けていた寧の手が一瞬止まった。彼らしくない不自然な動作に香彩は首を傾げる。 「それが……少し前に城に住み着いていた妖猫に餌を上げていましたら、突然引っ掻かれまして」 「え、そうなの? 身体は大丈夫? (りょう)竜紅人(りゅこうと)がいたら怪我治して貰えたのに……ごめん」  妖猫はこの城に住み着いている、小物の魔妖(まよう)だ。愛らしい見た目に惑わされるが、その身には妖気が備わっている。引っ掻かれてしまえば、傷口から妖気が入り込み、次第に身体を蝕むだろう。  縛魔師が出来るのは妖気を祓い、穢れを封じることのみ。傷を綺麗に治し、尚且つ妖気をも祓うことが出来るのは、真竜の治癒能力だけだ。  傷は魔妖と穢れを呼ぶとされている。  特に人を食料とする一部の血肉に飢えた魔妖には、傷から香る血の匂いに敏感な為、穢れごと血香を封じなければならない。  そして何よりも、これから祀りによって召喚されるであろう真竜の一族は、その血香で病むこともあるのだ。          

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