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第229話 寧 其の二

「畏れ多いことです、香彩(かさい)様。手当ては済んでおりますし、念の為、穢れ封じの繃帯(ほうたい)を巻いておりますので、ご迷惑を掛けることはないと思います」    (ねい)はそう話ながらも縛魔服を着付け終わると、こちらにと香彩(かさい)を椅子に誘導する。痛々しそうな繃帯に気遣いの目を遣った香彩は、誘導のままに椅子に座った。  仕上げの髪結いだ。    香彩の綺麗な薄藤の髪に、寧が櫛を入れて丁寧に梳かしていく。ある程度(くしけず)ると、寧は香油の入った器に油綿を浸し、少しずつ香彩の髪に塗り付けた。髪の長い香彩にとって香油は、綺麗に纏めて高く結う為の必需品だ。  香油の効果で纏まった髪を、寧が一気に結い上げていく。 (──え……?)  首筋に、髪に、触れられたその熱を。  熱を知っている気がした。  そう思った瞬間、ぞくりとしたものが、背筋を駆け上がる。 (……まさか)      寧にはそれこそ香彩が小さい時から、紫雨(むらさめ)と香彩の副官として仕え、日頃の執務は勿論のこと、祀事の際の準備や正装の支度など、祀事に関わる様々なことを手伝って貰っている。  彼が自分に触れる機会など、これまでにもたくさんあった。  なのにどうして今回に限って、この熱を知っていると改めて認識するのだろう。 (あの時と同じ……だなんて)  同じ熱だ、なんて思うのだろう。 (──そういえば……)  ふと脳裏を過ったある事柄とその事実に、香彩は震えそうになる身体を必死に抑えた。  あの時、自分は。  男に襲われ暴かれたあの時、自分は確か。  相手の手の甲を、強く引っ掻いたのではなかったか。  では寧のあの手の甲の怪我は──。 「──香彩様。準備が整いました。参りましょう」  『申し子』の声に香彩は我に返る。  違うと思いたかった。  だがあの時のことの詳細を、もう思い出せない自分がいる。  声、そして匂い。  何一つ思い出せないのに、熱と痛みだけは鮮明に覚えているのだ。

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