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第231話 雨神の儀 其の一

 まるで冬の早朝のような、澄み切った空気が部屋全体に漂っていた。  神木と呼ばれる、清水の気を浴びせ閉じこめた木材から成るこの部屋は、全体が『場』の役目を果たしている。洗練された澱みのない空気は、入室した者に背筋を叩かれたかのような緊張感と圧迫感を与えた。  潔斎の場、と呼ばれている。  国を司り護る者を、敬い、使役し、または祀る。  その儀式が行われる場所だ。  これから行われる祀りを『雨神(うじん)の儀』という。  冬の寒さを齎す雪神(ゆきがみ)が、眠りに落ちている雨神(あまがみ)を目覚めさせるのだ。そして覚醒した、春の暖かさと恵みの雨を齎す雨神(あまがみ)を迎えて讃え、今年の雨を約束させる。  だが今年は例外であることを香彩(かさい)は知っていた。雪神(ゆきがみ)雨神(あまがみ)を目覚めさせるところまでは通年通りだ。だがその後、儀式によって召喚されるはずの二体の真竜は、二度この地に降りてきた。  この国の祀りを司る真竜との架け橋とも云える、貴重な香彩の術力を護る為に。 (……それを僕は失くした)  雨神(あまがみ)雪神(ゆきがみ)は知っているのだろうか。  儀式前の異例とも云える接触によって、『力』を失くさない方法を教えて貰ったというのに。  だがその方法によって心が香彩を拒否するなど、あの二竜も想像出来なかっただろう。香彩自身もついに夢床(ゆめどの)に降りることが出来ず、真実を知ることが出来なかったが、その心の過不可の原因を何となくだが理解していた。  感覚の鋭い縛魔師の夢床(ゆめどの)は、過去の傷を余すことなく見せる。  見たくないのだと、思い出したくないのだという心が、香彩自身を拒否し、心と身体を繋ぐ気脈を切断させてしまったのだ。  その気脈こそが『力』の源であり、術力だったのだと。 (……だからきっと)   夢床(ゆめどの)に降りてその傷と向き合えば、真実を視ることが出来れば、何かが変わるのかもしれない。  だが夢床(ゆめどの)に降りる(すべ)がない。  このどうすることも出来ない状況の中、逃げようとした香彩を屋敷に閉じ込め、今日の雨神(うじん)の儀の吉日に出仕するよう、勅命を出した人物は分かっているはずだ。  あれから現状は何も変わっていないのだと。    

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