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第232話 雨神の儀 其の二

 しゃん……と澄み切った空気を切るような鈴の音が、室内に響き渡った。  『申し子』と呼ばれている神楽鈴を持った二人の先導役が、これから潔斎の場の入り口から儀式の執り行われる陣へ向かって、ゆっくりと歩いて術者を導くのだ。  その鈴の音は、魔を払う。  潔斎の場の洗練された神懸(かみが)かった空気の中、術者の通る道が更に淀みないようにと『申し子』は神楽鈴を鳴らす。  しゃん、しゃん、と。  『申し子』に続いて香彩(かさい)が潔斎の『場』へと現れた。  白衣(しらごろも)に白の縛魔服を重ねて身を包み、深い翠の数珠を首から下げたその姿。  晩春の藤花のような色をした髪は、榊をあしらえた綾紐でひとつに高く結い上げられ、背にさらりと落ちている。  縛魔服から時折見える手や足首、そして身体全体の線を見ても華奢そうに見えるが、実は綺麗に引き締まっていることを、一体どれ程の者が知っているだろうか。  『申し子』の先導に従って足音ひとつ立てずに、粛然として歩くその姿と表情に、周りから感嘆の息が洩れる。  『申し子』が作る清めの道から少し離れた所に、年若い縛魔師達が座っていた。ひとりが思わずとばかりに出た声を、周りの者が諌める。  そんな様子をちらりと見遣ってから、香彩は前を見据えた。  この清めの道の先に、国主(かのと)の姿がある。妖の証でもあるその紫闇(しあん)の瞳と視線が合うが、彼が一体何を考え香彩をここに呼んだのか、香彩自身未だに読めずにいた。  大局とその先を()、個を()ない彼が、何の道筋も考えることなく、この場にいるとは、どうしても考えにくいのだ。  それこそ、第三者の思惑をも利用するぐらいのことを、やってのけるのが叶なのだと、香彩は思っている。 (──彼が用意したこの舞台で)  何が起こるのか想像が出来ない。  用意された駒を集めて、じっくりと考察をして、初めて見えてくる何かがあるのだ。だが今の自分にそんな精神的な余裕はない。 (……だって僕は……)  『力』の戻らないまま、この大舞台に立っているのだから。    

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