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第235話 雨神の儀 其の五

 自分は一体何を。 (──何を見落としている……?)  足がどうしても前に動かない程の嫌な予感は、まさに『縛魔師の直感』だった。自分で自身の直感が信じられないと思ったばかりだというのに、身体は頑なだ。 (何か……とんでもないことを……?)  見落としたまま、気付かないまま、雨神の陣(ここ)に立っているのかもしれない。  そうして困惑しながらも香彩(かさい)は、何かに呼ばれたかのように、何かに気付いたかのように、無意識の内に右に振り向いた。 (……この、感じは……何だ……?)  何か嫌な感じがどうしても頭から離れない。  何だ。何かとんでもないものが。  いる。    自分よりも深い翠水の目と視線が合ったその瞬間に、香彩の中にすとんと答えが落ちてきた。  ──彼は、病鬼に憑かれていたのではなかったか?  香彩は今の今までそのことを忘却していた事実に、半ば茫然とした。  自分の身に起きたことで精一杯で、紫雨(むらさめ)のことを忘れて、しかも勅命が来なければ逃げようとしていた自分に、愕然とする。  お前が祓えと。  古参の狐狸(こり)どもに頭を下げるように見えるのかと、そう言った紫雨だ。  彼の性格上、その後も他の者に祓って貰うことなどしなかったのだと、容易に想像が出来る。  彼がこの場所に在ること自体が、本来ならば有り得ないことだ。  紫雨は縛魔師や古参の導師達が集まるこの場所で、悟られまいと内に飼う病鬼(もの)の気配を、何らかの方法で消していたのだろう。  だが神楽鈴によって『場』と門を清められ、出入口を閉められれば『場』の空気は閉じ込められ、より清浄なものとなる。  それは対でもある濁穢(じょくえ)を餌にする存在からすれば、まさに息苦しい中に毒を盛られているようなものだ。  

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