237 / 409

第237話 災悪の魔妖 其の二

   厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  神経を逆撫でするような鳴哮に悪寒がして、香彩(かさい)は身を震わせた。  背筋に冷たいものが通ったかのような、ぞくりとした感覚は、戦慄か。何度か覚えのある己れの生命の危険を、大切な人の生命の危険を報せる合図のようなものが、体中を駆け巡る。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  潔斎の場の門から侵入してきたそれは、人の二の腕から手の先までの影のようなものだった。だが二の腕の部分が異様に長く、無数に絡み合う蠢蟲(しゅんちゅう)を想像させた。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  慌てふためく人々を、古参の導師達が諌め、固めさせる。  的確な判断だと香彩は思った。それを識る者は決して接触してはならないことを知っている。     招影(しょうよう)、と呼ばれている。  名前の通り『影を招く』存在であり、何かに憑いて、周りに全ての災悪、禍災をおびき寄せ招き寄せ撒き散らす、最悪の魔妖だ。  その正体は川藻だと云われている。  普段は川の流れに沿って漂っているが、何かに『呼ばれる』と川に投げ込まれた、もしくは向けられた様々な人の怨邪念を全て背負って空を漂い、呼ばれたもの憑くのだ。  招影(しょうよう)に接触すると、絡みつく念に罪悪感が刺激され、忘却された苦痛の記憶が甦り、人の心を死に至らしめる。   ぽたり、ぽたりと。  招影(しょうよう)の指先から水滴が滴り落ちる。  それはまるで半紙に墨汁を落としたかのように、じわりと神木の床を黒く染め、空気を澱ませ、穢していく。  腕はどこからが始まりなのか、検討もつかないほど長い。何体もあるそれは、絡み擦れる度に、気味の悪い鳴声を上げるのだ。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  その中に忘れたくとも忘れられない、聞き覚えのある官能的な低い声を聞いた気がした。 「……どう、して……?」  周りの者が異形の招影(しょうよう)に気を取られている中、香彩だけが紫雨を凝視していた。    

ともだちにシェアしよう!