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第238話 災悪の魔妖 其の三

 紫雨(むらさめ)は隣にいた咲蘭(さくらん)と、古参の導師のひとりに支えられながらも、その身体を(うずくま)らさせていた。  やがて国主と大宰、大僕、五人の大司官を護る為、古参の導師と一部の縛魔師が、彼らの前に出る。 「香彩(かさい)様、結界を張ります故、どうぞこちらへ!」  その中のひとりが、香彩に向かって声を張り上げた。だが香彩にその声は聞こえていない。  視線を紫雨へと留めたまま、香彩は精神と五感を研ぎ澄ましていた。気配を感じる『力』は相変わらず失くしたままだったが、生まれ持った『視る』『聴く』感覚そのものを覚えてしまっているのだと、自身の身体が主張する。  その主張に素直に従いながら、香彩は研ぎ澄ます範囲を徐々に広げていった。  招影(しょうよう)の穢れに()てられて、軽く目眩と頭痛を引き起こしながらも、声を拾う。  その音を、拾う。  耳を塞ぎたくなるくらいに恐ろしく、気味の悪い鳴哮の暗闇の中を、まるで手探りで判別するかのように。    厭魘(いとわれおにの)艶嫣(あでやかにうつくしき)、  怨瘟(おんおんとうらまれやんだは)陰鴛(おんみょうのとり)、  厭魘(いとわれおにの)艶嫣(あでやかにうつくしき)、  おんおんとうらみうらまれやんだはおんみょうのとり。  識別されたのだと気付いたのか。  ──(うずくま)っていた紫雨が顔を上げた。  その視線の鋭さに、彼が持っているはずの深翠のあまりの不気味さに、思わず香彩が竦む。  忌み声だ。  言葉の呪韻を踏んだ怨詛が、魔妖の持つ妖気となって、じわりと紫雨を中心にして染み渡っていく。  紫雨を支えていた古参の導師が、蒼褪めた顔をして、咲蘭に何やら大きな声で叫んだと思いきや、急に身体を(うずくま)らせる。  事態に気付き紫雨から離れようとした咲蘭を、紫雨が首から抱き込み、咲蘭の動きを不可能にする。  まさか、と全員が思った。  冷静になって考える余裕があったのなら、思考しなければならない事。  招影(しょうよう)は、どうしてこの場に顕れたのか。 (……呼ばれたんだ)  

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