239 / 409
第239話 災悪の魔妖 其の四
憑く対象となるものに。
もしくは『憑く対象』を媒体した、誰かに。
だが人は招影 を呼ぶということをまずしない。彼らを呼ぶという感覚は『嫌な予感』を覚えるそれと酷似していて、人はそれを避けようとする本能がある。呼ぶ前の段階で人は防波線のようなものを張り、拒否してしまうのだ。
人がそれを、大 い に 望 み さ え しなければ。
周り者がじりじりと、紫雨 から後退りを始めた。結界を張ろうとしていた古参の導師と縛魔師達が、彼に向き直りながらも、周辺に漂う招影 を警戒する。
そんな中、香彩は紫雨から視線を外せずにいた。外すことを赦されなかったと、言った方が正しいだろうか。
どこか不気味さのある紫雨の強い視線が、香彩をその場に縫い止める。
視界の端に捉えた、国主がにぃと嗤う様を、一体どれだけの者が気付いただろうか。
厭 われ魘鬼 の艶 やかに嫣美 しき、怨瘟 と恨み怨まれ病んだは陰陽の雛子 。
尊び敬われそして、厭 われた魘鬼 は、美しき美貌をもって艶やかに嘲け嗤う。
鵬雛 たる縛魔の子は、元鵬 の怨恨の念に病み、魘鬼 は氷様の様をただ嗤う。
その様子を一体何に譬えたら良かったのだろうと、背筋にぞくりとしたものを感じながら、香彩は思った。
神木の床にやたらと長く伸びていた紫雨の影が、ゆっくりと起 き 上 が っ た 。それは仰向けに寝ていた人が身を起こす動作にも似ていたが、起き上がったものは明らかな異形だった。
紫雨の影は労り慈しむかの様に、紫雨自身を長い腕で包み込む。途端に彼の腕が力を失い、戒めを解かれた咲蘭 の身体が床に落ちた。
影は裂けた紅い口を晒して、声を立てずに静かに香彩に向かって嗤った。
その異様な光景に、香彩は生理的な嫌悪感に襲われる。冷たい汗が背中を伝う。
ともだちにシェアしよう!