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第242話 災悪の魔妖 其の七

 厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)厭魘艶嫣(えんえんえんえん)怨瘟陰鴛(おんおんおんおん)。  (いと)われ魘鬼(おに)(あで)やかに嫣美(うつく)しき、怨瘟(おんおん)と恨み怨まれ病んだは陰陽の雛子(とり)。  その忌み声は止むことはない。  彼の官能的な低い声もまた、ずっとその言の葉を紡いでいる。  怨瘟(おんおん)、と。  恨み怨まれ病んだは陰陽の……。 (……ずっとあの人は隠し持っていたのだろうか?) (僕を……恨む気持ちを) (ああ、でも彼の心の奥底で恨まれても、仕方ないのかもしれない)  香彩(かさい)は再び紫雨(むらさめ)と視線を合わせた。  自分よりも深い翠水が、鋭さを帯びる。 (──だって、僕は……)  紫雨の最愛の人の命を、奪ったのも同然なのだから。    紫雨がゆっくりと、だが確実に一歩、また一歩と香彩に向かって距離を詰める。  彼に絡むように纏わり付く影が、長い腕を更に伸ばして、やがて香彩の頬に触れた。言い様のない嫌悪感と、そして正反対の情愛の心が香彩の中に生まれて鬩ぎ合う。  影の触れ方は、成人の儀の時の紫雨の触れ方と全く一緒だった。影だというのに、その温もりすら覚えのあるものだ。影のくせにと心の中で毒突く反面、その感触に流されてみたい気分にもさせられて、粟立つ感情がやけに腹立だしく思えて仕方がない。  心と身体を繋ぐものが、もう既に散々なのだという自覚はある。  だからだろうか。  身体か心のどちらかが、嫌だと叫んでいるというのに、香彩は頬に触れる影の手の甲に自分の手を重ねて、その温もりを堪能するかのように頬を寄せた。 (……ごめんなさい)   ずっと認めたくなくて、見ない振りをしていた。分からない振りをしていた。 (あの人が僕を、恨まないはずがないんだ)  どんなに自分を慈しみ、愛して育ててくれたのかを知っている。  その慈愛の裏にひた隠しにしていた、情欲の念と情愛を知っている。  それでも心の奥底にずっと、それこそ紫雨すら気付いていないほどの奥底にあった恨心を、病鬼が曝け出してしまったのだ。      

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