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第245話 共に 其の一

 彼の名前を呼ぶ、その声は震えていた。  研ぎ澄まされた竜紅人(りゅこうと)の横顔を見るだけで、色んな感情が心の奥から湧き出てきて、堪らなくなる。  会いたかった。   会いたくなかった。    どんな顔をして彼の側に立てばいいのか、分からない。 「──相変わらず、詰めが甘いな」  そう低く呟く竜紅人は、前を見据えたまま、香彩(かさい)を見ようとしなかった。  竜紅人、と。  もう一度名前を呼ぼうとしたが、肩をぐっと掴まれて阻まれる。  だがその腕が、手が、ほんの瞬く間のことだったが、透けたのだ。 (……竜紅人……っ!)  それもそうだろうと香彩は思う。  成人の儀で、香彩と紫雨(むらさめ)の為に神気を使い枯渇した竜紅人は、本来ならばもう思念体を出すことも難しいはずだった。  媒体にしていた唇痕も、日に日に薄くなり、今では薄っすらとした青紫の痕を残すのみ。 (……ああ、竜紅人(あなた)はいつもそうだ)  いつも自分が竜紅人(あなた)に関することを決めた時に、竜紅人(あなた)は見計らったように現れる。 (竜紅人(あなた)に熱を貰って姿を消そうって思ったことも)  知っているのかもしれない。 (……僕が襲ってきた招影(しょうよう)を見て、何を思ったのかも)  知っているのかもしれない。  竜紅人はもう片方の腕を前に突き出しながら、神気を放出する。  じゅう、と灼けるような音を立てて、向かってくる招影(しょうよう)が消えていく。だがそれでも招影(しょうよう)の数は減ることはなかった。 「──邪魔をするな、リュコウトヨ」  官能的な低い声が、潔斎の場に響くと同時に、大量の招影(しょうよう)がまるで絡み合いながら蠢く虫のように竜紅人に向かう。  竜紅人の息遣いが変わった。  息を詰め、神気を練り上げる。  ──刹那。  凄まじい蒸発音と共に、まるで虫の塊のようだった招影(しょうよう)が、見る影もなく消えていた。  だが漂う招影(しょうよう)の数は減った様子を見せない。 「なぁ……悪趣味が過ぎるんじゃねぇのか、おっさんに(かのと)さんよぉ」  息を荒くしてそう言う竜紅人の身体が透ける。  くつくつと紫雨が面白そうに笑った。 「悪趣味カ……ソノアクシュミヲ、利用しようとシタ者モマタ、ヨホドノアクシュミだな」 「……ああ、なるほどな。全くだ」  本当、よく似ているよお前らは。  

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