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第246話 共に 其のニ

 ため息混じりに竜紅人(りゅこうと)はそう言いながら、香彩(かさい)を正面から掻き抱いた。 「──りゅ……っ!」  何故抱き締められたのか。  その理由が分からない。  腕から逃れようと香彩は必死に踠くが、竜紅人の身体はびくともしなかった。  そんな香彩の細やかな抵抗に、竜紅人は擽ったそうに、くすりと笑う。   「香彩、あの時言ったこと、覚えてるよな」  竜紅人の囁くような声に、香彩の身体がぴくりと応えを返す。 「……今の俺は思念体だ。そしてお前は俺の御手付(みてつ)きだ。お前の心内で強く『希う』思念を、俺が分からないとでも?」 「──っ! でも……っ!」   やはり知られていたのかという思いが、香彩の胸の中を占める。  確かに自分は思ったのだ。  招影(これ)を利用出来たのなら自分は、自分自身の心が拒絶している夢床(ゆめどの)へ、降りられるのではないか。  見たくないのだと、心と身体を繋ぐ気脈を切ってまで拒絶しているものと、強制的に向き合えるのではないか。  それは招影(しょうよう)が見せる罪悪感と、同じなのではないかと。  だがそれは自分ひとりだったからこそ、そう思えたのだ。今のこの状況で考えられるはずがない。  そう思っていたというのに。 「──逃がさない」   耳に吹き込まれる低い声と、抱き締められる強い腕に全身が震える。 「お前に何があっても俺は……お前を逃がさない。逃げても全力で追い掛けて、この腕に閉じ込める。だから……」  ──俺を、連れて行け。 「……っ!」  香彩は返事の代わりに、竜紅人の大きな背中に恐々と手を回して抱き締め返す。  より強い力で抱き竦められた、刹那。  招影(しょうよう)の長い二の腕が、抱き合うふたりごと、その胸を貫いたのだ。    (かのと)はただ、見ていた。  人々が逃げ惑うその姿を。  香彩と竜紅人が招影(しょうよう)を受け入れる姿を。  叶はただ聞いていた。  人々の泣き叫ぶ声を。  香彩の苦しむ声を。  所定の位置に座ったまま、時折戯れにやってくる招影(しょうよう)を軽く愛でる。  彼らが叶を襲うことは決してない。彼らにとって叶は種族の神だ。誰が好き好んで神に憎まれようとするだろうか。   そしてそれは叶にとっても同様だった。  人々から祀られ、神のような扱いをされる真竜達(かれら)に、憎まれ恨まれるのは相当厄介なのだと認識している。 「……分かっていますよ」  叶は天を仰いでそう呟いた。 「貴方達が目をかけているのは分かっていますよ。ですが……」  荒療治は必要でしょう?  彼は六花(りつか)に似た綺麗な冷たさで、艶やかに氷様(ひのためし)の様を嗤ったのだ。  

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