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第248話 夢月狂 其のニ

   潔斎の場に甘く湿って蕩け切った声が、絶え間無く響いていた。  甘えているような、そしてどこか泣いているかのような嬌声が、まさしく自分の声なのだと香彩(かさい)が自覚する。  とても恥ずかしくて、居た堪れなくて、堪らない。  見たくない聞きたくないと、目を閉じて耳を塞いでしまいたいというのに、それすら叶わず、強制的に招影(しょうよう)によって見せ付けられる。  罪悪感を。 (……そんなの……)  成人の儀など、初めから罪悪感の塊のようなものだった。  結ばれたばかりの想い人以外の男に……父親に足を開き、熱を、四神を受け入れる為の儀式だったのだから。 (だけど……僕は)  嫌だという気持ちの奥底にある、背徳感の愉悦と、この人に認められたい求められたい、この人だけを悪者にしたくないという気持ちのまま、紫雨(むらさめ)を受け入れてしまった。 (そんな僕に……)  何を見ろというのだろう。  目の前で繰り広げられているのは、まさにしとどに濡れそぼつような、艶やかさが匂い立つかのような情事だった。  その息遣いひとつさえ、甘くて熱い。  呼ばれる名前のひとつひとつに、込められている情すら熱くて。  あの人の声に、息に、熱に、身体の全てを支配されているかのような情事の中、あの人が言うのだ。  ──言え、と。    自分をこんな風に仕込んだのは誰なのか言え、と。 (……っ!)  それはまさにあの儀式の中の罪悪感のひとつだった。  香彩が呼んだのは、竜紅人(りゅこうと)の名前。  それに()ばれる形で、竜紅人の思念体が儀式の場に現れる。 (……ああ)  香彩は心の中で落胆と絶望の息を吐いた。  あの時の感情が蘇ってくる。 (──見て欲しくなかった……っ!)   あの時も確かに自分はそう思った。  紫雨の口唇や手指、官能的な低い声によって齎された愛撫の証を、薄桃色に染め上げられた身体を、竜紅人の視界に晒したくないと思った。  竜紅人は何を思っただろう。  何を思ってあの時、自分に触れたのだろう。  竜紅人は香彩が成人の儀で『想い人以外の者に抱かれる』罪悪感を薄める為に現れた。だがそれが香彩の中に新たな罪悪感を生むなど、彼は想定できたのだろうか。 (しかも……自分はこの後)  ──二人を望んだのだ。  

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