249 / 409
第249話 夢月狂 其の三
譬え竜紅人 が真竜の本能でもある嗜虐性に突き動かされていたのだとしても、何も感じていなかったのだと香彩 は決して思わない。
蜜月期の真竜に、唯一のひとりではなく、ふたりを望んでしまった自分を、その希う思念を読んだその瞬間を、竜紅人は決して忘れないだろう。
そして客観的に見せられている今だから、分かることがある。
嗜虐性の色が増して、時折金目に煌めく竜紅人の伽羅色の中に、飢えた悲しみのようなものが見え隠れすることに。
その目は竜紅人の目の前で、あられもない姿を晒す香彩に向けられていた。香彩自身は神気と神澪酒から齎される媚薬の効果に翻弄されて、全く気付いていない。
嗜虐の飢餓に上手く隠れてはいたが、ぎら、と揺らめくそれは明らかな愛憎と冷ややかさ。
愛おしくも、何とも憎らしい。
相反するふたつの気持ちを、瞳は雄弁に語る。
(……なのに僕は……)
竜紅人の名前を呼び、自分の欲のままに求めてしまった。
二人が欲しいのだと、求めてしまった。
(──竜紅人には今、視 えているんだろうか)
招影 が視せ る、この罪悪感と後悔の幻影が。
果たしてあちらにも、視 えているんだろうか。
こんなものだけでは済まないはずだ、という思いが心の中に落ちる。
これだけで自身が、心と身体を繋ぐ気脈を切るなど有り得ないと思うからだ。
(これ以上の罪悪感と後悔を、これから視 せられる)
そして招影 に、これから絶対に視 せられるだろう、幻影があることに気付く。
香彩は身体を震わせた。
抱き締められた竜紅人のぬくもりに縋ってしまったことを、今更ながらに後悔する。
愛しいあの腕を振り切って自分は、独りで夢床 へ降りるべきだったのだと。
(……ああでも)
視て 貰えば分かるだろう。
そう思う香彩の心は不思議と凪いでいく。
(視 て貰えば……)
どうして自分が、竜紅人 から熱だけを貰って逃げようとしたのか、姿を消そうとしたのか、分かって貰えるはずだ。
そして。
──僕にはもう、貴方を想う資格がないことも。
自分からこの恋縁 を切ろうとした。なのに未練がましくも、逃がさないと言った彼に縋り付いてしまった。ならば卑怯だと思われても、貴方から切って貰うしかもう、終わらせる方法がない。
ともだちにシェアしよう!