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第249話 夢月狂 其の三

 譬え竜紅人(りゅこうと)が真竜の本能でもある嗜虐性に突き動かされていたのだとしても、何も感じていなかったのだと香彩(かさい)は決して思わない。  蜜月期の真竜に、唯一のひとりではなく、ふたりを望んでしまった自分を、その希う思念を読んだその瞬間を、竜紅人は決して忘れないだろう。  そして客観的に見せられている今だから、分かることがある。  嗜虐性の色が増して、時折金目に煌めく竜紅人の伽羅色の中に、飢えた悲しみのようなものが見え隠れすることに。  その目は竜紅人の目の前で、あられもない姿を晒す香彩に向けられていた。香彩自身は神気と神澪酒から齎される媚薬の効果に翻弄されて、全く気付いていない。  嗜虐の飢餓に上手く隠れてはいたが、ぎら、と揺らめくそれは明らかな愛憎と冷ややかさ。  愛おしくも、何とも憎らしい。  相反するふたつの気持ちを、瞳は雄弁に語る。 (……なのに僕は……)  竜紅人の名前を呼び、自分の欲のままに求めてしまった。  二人が欲しいのだと、求めてしまった。 (──竜紅人には今、()えているんだろうか)   招影(しょうよう)視せ()る、この罪悪感と後悔の幻影が。  果たしてあちらにも、()えているんだろうか。  こんなものだけでは済まないはずだ、という思いが心の中に落ちる。  これだけで自身が、心と身体を繋ぐ気脈を切るなど有り得ないと思うからだ。 (これ以上の罪悪感と後悔を、これから()せられる)  そして招影(しょうよう)に、これから絶対に()せられるだろう、幻影があることに気付く。  香彩は身体を震わせた。  抱き締められた竜紅人のぬくもりに縋ってしまったことを、今更ながらに後悔する。  愛しいあの腕を振り切って自分は、独りで夢床(ここ)へ降りるべきだったのだと。 (……ああでも)  視て()貰えば分かるだろう。  そう思う香彩の心は不思議と凪いでいく。 (()て貰えば……)  どうして自分が、竜紅人(あなた)から熱だけを貰って逃げようとしたのか、姿を消そうとしたのか、分かって貰えるはずだ。  そして。  ──僕にはもう、貴方を想う資格がないことも。  自分からこの恋縁(こいえにし)を切ろうとした。なのに未練がましくも、逃がさないと言った彼に縋り付いてしまった。ならば卑怯だと思われても、貴方から切って貰うしかもう、終わらせる方法がない。  

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