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第252話 夢月狂 其の六

「──……っっ!」  目を閉じたかった。  耳を塞いでしまいたかった。  だが何かに縛られているかのように、身体が全く動かない。  目の前で行われている出来事を、何故招影(しょうよう)()せるのか分からない。  何故こんなことになったのか、原因はなんだったのか、紫雨(むらさめ)自身から説明と謝罪を受けて、それで自分は納得したはずだった。悲しくて寂しくて堪らない気持ちになって、一時的に紫雨を避けていたものの、竜紅人(りゅこうと)に諭されて気付けば元の関係に戻っていた。  ──招影(しょうよう)は、罪悪感と後悔を視せる。 (ああ……そうだった)  これは自分の罪悪感と後悔の場面なのだ。 (昔、あの人が、僕を殺そうとした) (僕が、生まれてしまったばっかりに……)  (……あの人の一番大事な人を……犠牲にした)  『河南(かなん)』という、術社会の最高峰の血脈を受け継ぐ一族がある。  麗国の北部を本拠地とし、現国主を受け入れず、独自の社会を造り上げて来た彼らは、特殊ともいえる環境の中を、当然の常識のように捉えて暮らしていた。  彼らの持つ強大かつ甚大な術力は、本来ならば一族の女性と、一族に女児と術力の『種』を授ける、特殊な役割も持った『河南(かなん)』の別種族、『種胤(しゅいん)』に宿るものとされている。  女性は巫女と呼ばれ、『河南(かなん)』の血筋を守るためにその一生を縛られる。巫女は決められた『種胤(しゅいん)』との間に、たくさんの子を成すことを、それも女児を産むことを強制された。  女児は巫女の『力』を全て受け継ぎ、成長と共に元々ある『力』を底上げするのに対し、男児は雀の涙ほどの『力』しか受け継がない上に、やがて『力』そのものを消滅させてしまう特性を持っているからだ。  男児を産めば『河南(かなん)』からの処分が待っている。  男児の中でも『種胤(しゅいん)』の能力を受け継いだ証でもある桜痕があれば、母子、父親共に生かされるが、そうではなかった巫女と、女児を授けることが出来なかった『種胤(しゅいん)』の男、そして生まれた男児は、罪として『河南(かなん)』そのものに処分される。  香彩の母であった巫女は、『河南(かなん)』の血族の中でも類を見ない程の、甚大な術力の持ち主だった。  だが香彩を生んで、その『力』のほとんどを失った。  巫女と『種胤(しゅいん)』の男と子供は『河南(かなん)』からの粛清を逃れる為に、南を目指す。道中、追手から男と子供を逃がす為に、巫女は自ら囮となり、命を落としたのだ。    

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