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第257話 光射す 其の一

 存在価値の証明でもある『力』を失ったのであれば、後に残されたものはこの身の裡にある真竜の核だけだ。核が『光玉』と結び付き、蒼竜の発情期の熱を浴びせない限りは、核は実を結ばない。 (……だからせめてこの三体の真竜だけは)  ちゃんとこの世に生み出させてほしい。 (ああ……やっぱり)  自分の願いばかりだと、香彩(かさい)は改めて思う。 (……ごめんなさい)  言葉にすると鼻の奥が傷んで、視界が滲む。つつと、冷たいものが頬を伝う。 (ごめん……なさい) (──僕が原因で、貴方を深く傷付けてしまうのなら、僕は……貴方を手放し、離れる) (……僕にはもう、貴方を)  想う資格などない。  生涯、傍にいる資格など……。 「──いい加減におし! 自分を痛め付けて一体何が楽しいかえ!」  ぴしゃりと叩き付けるかのような、凛とした声が空間に響いた。それに応じるように、闇の中に一筋の光が差す。  煌煌とした鮮明なる白が暗闇を払うかのように、辺り一帯を塗り替えた。  つん、と胸の奥に鈍い痛みがする。それは内に潜む招影(しょうよう)が、光によって藻掻いている為に生じるものだった。  それもそうだろう。  招影(しょうよう)にとって彼らは天敵であり、彼らの光は毒も同じだ。  香彩は暫くの間、眩しくて目を開けられずにいた。ずっと暗闇の中で何も見えずに、ただ招影(しょうよう)の齎す幻影を視ていたのだ。  だがその声の主が誰なのかを知っている。  そしてすぐ近くに感じた、馴染みのある体温に香彩はびくりと身体を震わせた。  森の木々の香りが、より濃く鼻を擽る。 「情けなや。ほんに、情けなや。蒼竜と共に降りたというに、招影(しょうよう)如きの毒に犯られ、病鬼も消せぬとは……ほんに愛しゅうて手も出したくなるわな、雪の!」  「水の。招影(しょうよう)の毒が厄介なのは、よく知っているだろう? いくら俺達であっても、心を呑まれるような出来事があれば、引き摺り込まれる。お前は助けに来たのか、それとも文句を言いに来たのか、どちらだ?」 「分かり切ったことを聞くでないよ、雪の。けどえ、同族が傍にいてその様とは、ほんに情けなや」  二人の言い合いの声に対してなのか、上から舌打ちが降ってくる。  少し目が慣れてきて、香彩は薄っすらと目を開けた。まだ完全に光に慣れない目では、見えるものが全て霧がかった様だ。  霞む視界の地面に当たる白い空間に、翼を広げた大きな二体の竜が映る。いくら人形(ひとがた)を執っていても、その影は真実を映し出す。  『春の訪れと生命を司る真竜』雪神(ゆきがみ)雨神(あまがみ)が、香彩の夢床(ゆめどの)に顕現していた。      

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