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第265話 真実を啼く 其の三

  「全ては真実の先にあるえ。闇を払りゃ」  雨神(あまがみ)がそう言ったのと同時だった。  今まで光の空間だったこの場所の、天に当たる部分から、闇が雨のようにどっと降り出したのだ。  雨は今まで光輝く白い空間だった場所を、黒く染めていく。だが不思議なことに竜紅人(りゅこうと)香彩(かさい)は、濡れることはなかった。それはまさに、春の生命の強さを司る真竜の『力』が、ふたりに作用している証明だ。  やがて空間が闇に染まる。  その頃には二神は姿を消していた。一時の媒体が闇によってついに効力を失い、姿を保てなくなったのだろう。  暗闇のなか香彩と、香彩を腕に抱く竜紅人だけが、淡く発光する。  不意に。  竜紅人の腕の中で、再び招影(しょうよう)の毒でもある『罪悪感の夢』を視ている香彩の顔が、歪んだ。  果たして今はどの部分を視ているのだろうか。  辛そうな香彩の顔を見ていると、つきりと心が痛む。それと同時に、もっと苦し気な表情が見たいのだという、真竜の本能の一部でもある嗜虐心を煽られる。そして何故か無性に腹立だしい気持ちにもなる。  竜紅人は軽く(かぶり)を振った。  ああ、違うのだと気付く。  自分は自分の手によって苦しむ香彩が見たいのだ。自分の手によって、快楽に溺れ、苦しみ、泣いて懇願しながらも心の芯を失わず、気付けば己を振り回す。そんな香彩が見たいのだ。 「……実に、腹立だしいな」  自分の御手付き(もの)が、自分以外のものに苦しめられている事実が、非常に不愉快だと竜紅人は思う。 (こんな招影(しょうよう)の毒など……)  早く払ってしまいたい。  そして早く生身で香彩を、これでもかと抱き締めたい。  だが慎重にならなければいけないのもまた、事実だった。繊細な夢床(ゆめどの)の夢にある罪悪感は、まさに香彩から術力という『力』を奪っていった。そして追い討ちを掛けるように合ったあの事件と、この招影(しょうよう)の毒だ。対応を間違ってしまえば、本当に『力』を喪失し兼ねない。  竜紅人は抱える腕の力を少し強めながら、香彩の唇に触れるだけの接吻 (くちづけ)を交わした。  少し和らいだ表情になった香彩を見ると、酷く庇護欲を掻き立てられる。  一頻り、香彩を抱き締めた竜紅人は、暗闇の床にあたる部分に香彩を横たえた後、自分も寝転がり、再び今度は後ろから抱き締めた。  首筋に顔を埋め、僅かに香る香彩の御手付(みてつ)きの香りを堪能しながら、竜紅人は目を閉じる。  降りるのだ。  香彩が視ている、罪悪感という名の毒の中へ。  真実を()きに。

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