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第278話 偽りなき真実 其の十三

「──何だ?」 「いえ、こちらのお話ですよ」  そう言って(かのと)は再び、にぃと笑う。  そんな叶の笑いに少し訝しむ様子を見せた紫雨(むらさめ)だったが、特に追求することはなかった。追求しても無駄だと思ったのだろう。  大局を見据え、個を慮ることをしない性質を、誰よりもよく分かっているのは、彼君との付き合いの長い紫雨だ。追求したとて、はぐらかされるのが目に見えている。叶にとって結果が全てだ。その過程で自身が求める結果の為に、多少手を入れたりすることもあるが、所詮は通過点に過ぎないのだ。その通過点から結果に向かう道中の人の想いなど、眼中にはない。  紫雨は叶の前を無言で横切ると、ある木壁の前に立ち、そっと触れた。  『力ある言葉』を唱えれば、不思議なことに木壁から、陣の紋様が浮き出てくる。  それが紫雨がよく使う移動手段であることを、香彩(かさい)はよく知っていた。  目的の場所にあらかじめ同じ陣を描いておき、『力』を発動させれば、今いる場所からその場所へ瞬時に移動することが出来る。あまり長距離を移動出来るわけではないが、便利な術式だ。しかもさほど『術力』を使用するわけではない。だが高度な技術が必要な為、現在は紫雨しか扱うことが出来ない術のひとつとなっている。 「──どちらへ?」  叶は独特の抑揚のない口調で、紫雨に聞いた。  興味はないが、とりあえず聞いたのだと言わんばかりのその程に、紫雨が面白そうにくつくつと笑う。 「陰陽屏だ。お前がどこの『北東鬼門』で病鬼をわざわざ皆に分かるように捕まえたのか、だいたいの想像がつく。縛魔師達はさぞかし不甲斐ない思いをしただろうさ。ただでさえ役職を引き継いだ大司徒《だいしと》は、その甚大な術力を失ったという噂で持ち切りだ。多少は補佐と便宜を図らねば、後に悔恨を残しても堪らんだろう?」 「……いやはや、人とは面倒ですねぇ」 「そう仕向けた張本人がよく言う。出来ればこれ以上、面倒なことを起こしてくれぬことを願うばかりだ、叶」  言葉とは裏腹に再び楽しそうに笑う紫雨に、叶は無言のまま笑みを返す。  幽鬼めいた、だが何かを含んだかのような笑みを。  紫雨の姿が、仄かに光る陣の描かれた木壁へと消えて行く。  それを見送ってから叶は、くすくすと声を立てて笑った。 「……衝撃が欲しいと、わざわざ口にして差し上げたというのに逃げないなんて、余程術に自信があるのか、それとも……」   私に餌として遣われたかったのか、どちらなんでしょうねぇ。  まさにそれは刹那の間だった。  叶が何やら掴むような動作をした。  彼の手の中にあったのは、白い蝶だ。  くつり、と喉奥で叶が笑う。それはまさに獲物を捕らえたと言わんばかりの、最高の材料を手に入れたと言わんばかりの、捕食者の笑みだ。

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