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第280話 偽りなき真実 其の十五
注がれていく微量の妖力に、紙蝶 はその小さな身体をぶるりと震わせる。魔妖の持つ妖力はいわば毒の塊だ。じわりじわりと、だが確実に生物を死に追いやる毒に、紙蝶は苦しむように暴れ出す。
くすりと、叶 が嗤った。
自身の手の内で悶え苦しむそれを、愉悦を含んだ目で楽しそうに見つめている。
やがて紙蝶の身体が、びくびくと痙攣し始めたのを見ると、叶はようやく妖力を身の内に戻し、鋭爪を羽から引き抜いた。
ぽっかりと開いてしまった穴が、酷く痛々しい。
満足気にそれを見遣って叶は、紙蝶の羽を解放した。紙蝶はまるで初めから叶の遣いであったかのように、従順に大人しく彼の指に止まっている。
術者はとても恐ろしい思いをしたに違いない。
叶の持つ妖気が殺意を持って紙蝶を媒体し、自分の元へ届いたのだから。
「そう、大人しくしていた方が懸命ですよ。貴方に敵意は感じられませんが、本来なら私に対する間諜 は処罰の対象です。先程のように紙蝶越しに妖力を送って、貴方の肺を犯すことも出来る」
叶の言葉に紙蝶は、その小さな身体を震わせた。
妖気は人の身にとって、微量であっても少しずつ身を灼き、やがては気管支を灼く毒に成り代わる。術者ならば知っていて当然のことだ。特に気配を読み取ることに敏感な縛魔師にとって、それは致命傷となる。彼らは小さな護符を飲んだり、薄い膜のような結界を身体全体に張り巡らせて対策をする。
だが魔妖の王ともいわれた彼君の甚大な妖力を前にして、それは児戯も同然だった。
本来ならば大司徒 の持つ四神の織り成す『護守』と呼ばれる結界が、叶の妖力を無効化している。
だが現在、大司徒の『力』は失われ、『護守』もまた失われていた。
叶の妖力を遮る物は何もないのだ。
「貴方も聞いていたでしょう?精神的過負荷による術力の喪失ならば、別の要素を持った過負荷をぶつけてやれば良いと。荒療治、とも言いますか」
さて……彼は何をして術力を失ったんでしたかねぇ。
香彩 の心の中に、ひやりとした冷たいものが、ぽたりと落ちる。それは水紋を描き、少しずつ心全体に広がって、やがて背筋に冷たい汗となって流れ落ちた。
そのあまりの冷たさに、そして叶がこれから話すだろう内容に、妙な『縛魔師の勘』が働いてしまって、ぞくりと身体が総毛立つ。
まさかだと思いたかった。
だが彼君ならば遣り兼ねないと、心の隅でそう思う自分がいる。自身が望む結果の為には、その過程にいる者の心情など見向きもしない。時折その心の揺れを、自身の刺激となる要素として楽しむ嗜虐性も持っている。
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