281 / 409
第281話 偽りなき真実 其の十六
「あの子が内に飼う物と向き合うには、実の父親が病鬼に憑かれるだけでは、少しばかり衝撃が足りないと思っていたのですよ。貴方があの子を慕っているのは知っています。だからずっと『視 ていた』のでしょう? 貴方がもしも動いてくれないのであれば、どこぞの者とも知れぬ者を操るのみ」
かり、と。
叶 が軽く紙蝶を爪で引っ掻く音が聞こえる。
それはまるで自身の望みである『答え』を、言わせようとしているかのように見えた。
『答え』を間違えば、直ぐさま刺すぞと言わんばかりのそれ。
暫しの沈黙の後、叶は再び喉奥でくつりと笑った。
「……そうですか。良い答えをありがとうございます。貴方ならば動いてくれると思っていましたよ。少しばかり力をお貸しましょう。この妖力は貴方の身体を傷付けることはありませんが、貴方の心の奥に隠し持つ欲を、ほんの少し引き出すものです」
叶の鋭爪の先が仄かに光って、紙蝶を掻く。
その様子をただ見ていることしか出来ない。
歯痒い気持ちが香彩 を襲うが、これはもう既に終わってしまった真実の幻影だ。
「方法は貴方にお任せ致します。全てが終わってからこの紙蝶はお返ししますね。期待してますよ」
──寧 。
叶が紙蝶に向かって、そう呼ぶ。
ああ、やはりと香彩は思った。
(──……どうして)
彼は大宰 政務室に紙蝶を向けていたのだろう。何故叶が現れた時点で下げなかったのだろう。
ふと先程の叶の言葉が頭の中を過る。
彼はずっと『視 ていた』のだと。
(何、を……?)
(自分を?)
(いつから……?)
ぞくりとした冷たいものが、背筋に滑り落ちていく。
叶の言葉の通り、寧がずっと『視 ていた』のだとしたら。もしかすると『成人の儀』も紙蝶を忍ばせていたのかもしれないと、そう思ってしまったからだ。
あの儀式の準備も人払いも、行ったのは副官である彼だ。
だがこれは自分の想像に過ぎないのだと、香彩は分かっていた。脳裏に浮かぶ『成人の儀』の様子を振り切るかのように頭を振って、幻影を見る。
(……少なくとも)
香彩が大宰政務室のある、皇宮母屋 を門前払いされるところから、寧は『視 ていた』のだ。
ともだちにシェアしよう!