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第281話 偽りなき真実 其の十六

「あの子が内に飼う物と向き合うには、実の父親が病鬼に憑かれるだけでは、少しばかり衝撃が足りないと思っていたのですよ。貴方があの子を慕っているのは知っています。だからずっと『()ていた』のでしょう? 貴方がもしも動いてくれないのであれば、どこぞの者とも知れぬ者を操るのみ」  かり、と。  (かのと)が軽く紙蝶を爪で引っ掻く音が聞こえる。  それはまるで自身の望みである『答え』を、言わせようとしているかのように見えた。  『答え』を間違えば、直ぐさま刺すぞと言わんばかりのそれ。  暫しの沈黙の後、叶は再び喉奥でくつりと笑った。 「……そうですか。良い答えをありがとうございます。貴方ならば動いてくれると思っていましたよ。少しばかり力をお貸しましょう。この妖力は貴方の身体を傷付けることはありませんが、貴方の心の奥に隠し持つ欲を、ほんの少し引き出すものです」  叶の鋭爪の先が仄かに光って、紙蝶を掻く。  その様子をただ見ていることしか出来ない。  歯痒い気持ちが香彩(かさい)を襲うが、これはもう既に終わってしまった真実の幻影だ。  「方法は貴方にお任せ致します。全てが終わってからこの紙蝶はお返ししますね。期待してますよ」  ──(ねい)。    叶が紙蝶に向かって、そう呼ぶ。  ああ、やはりと香彩は思った。 (──……どうして)  彼は大宰(だいさい)政務室に紙蝶を向けていたのだろう。何故叶が現れた時点で下げなかったのだろう。  ふと先程の叶の言葉が頭の中を過る。  彼はずっと『()ていた』のだと。 (何、を……?) (自分を?) (いつから……?)  ぞくりとした冷たいものが、背筋に滑り落ちていく。  叶の言葉の通り、寧がずっと『()ていた』のだとしたら。もしかすると『成人の儀』も紙蝶を忍ばせていたのかもしれないと、そう思ってしまったからだ。  あの儀式の準備も人払いも、行ったのは副官である彼だ。  だがこれは自分の想像に過ぎないのだと、香彩は分かっていた。脳裏に浮かぶ『成人の儀』の様子を振り切るかのように頭を振って、幻影を見る。 (……少なくとも)   香彩が大宰政務室のある、皇宮母屋(こうきゅうぼや)を門前払いされるところから、寧は『()ていた』のだ。

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