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第288話 靉靆たる 其の二

「え」   最後の罪悪感という言葉を聞いて、何のことなのか分からないと思う自分と、心の奥がずきりと痛む自分がいた。 (──これは、一体何……?)  だが心の中に妙な違和感があることを、香彩(かさい)は自覚した。音を立ててきっちりと嵌まっていない、大きな何かが存在している。  それは今まで見てきた幻影の、向き合った罪悪感が洗われて、ようやく見えてきたものに違いなかった。  ──嫌だ、と。  直感的にそんなことを思う。  その場所に竜紅人(りゅこうと)を連れて行きたくないのだと、そして自分自身も行きたくないのだと心が叫び出す。  理由が何なのか分からないまま、香彩は悚然(しょうぜん)と立ち尽くした。  そんな香彩を見つめながら、竜紅人が再び深くため息をつく。 「……この手だけは、あまり使いたくなかったんだけどな。夢床(ゆめどの)に長居すると、後でどんな影響が出るのかわかんねぇし……文句は後で聞くから」 「えっ……?」  「だから今は『案内しろ、香彩』」  ──それは竜の聲。  甘く耳朶を犯し、脳の奥から身体に浸透していくのは、蕩けるような低い美声だ。 「『本当のお前はどこにいる? お前の本質に案内しろ、香彩』」 「あ……」  心の一番柔い部分が『聲』という鎖によって、やんわりと縛られる。心のどこかが嫌だと叫んでいても、彼の『聲』に従えるという快楽の方が勝って、心の叫びを掻き消してしまう。 (……本質……ああ、じゃあ僕は……)  『僕自身』そのものではなかったのか。  それは確信だ。  そんな意識そのものが『本質』に引っ張られて、この白い世界の中に溶け込むようにして消えていく。  やがて香彩の視界には、何も映らなくなった……。

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