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第294話 蜘蛛と獲物 其の五
そんな力の入っている唇を、竜紅人 は先を硬くした舌で、じっくりと擦る。
下唇から上唇へと。
獲物の息を呑む気配が伝わってくる。
竜紅人の唾液に濡れ、艶やかに照る獲物の唇はひどく淫靡だった。もっと濡れるところがみたくて、そしてその頑な唇を抉じ開けたくて、竜紅人は執拗に獲物を唇を舐め上げる。
その甘水の味を思い出したのか、獲物が無意識の内に自身の唇を舌で擦 った。
その隙を見逃す竜紅人ではなかった。
色付いた唇からほんの少し覗かせていた獲物の濃桃色した舌を、逃がしてなるものかと絡ませながら強く吸う。喉奥でくぐもった突声を上げた獲物だったが、次第にこくりこくりと喉を鳴らした。
そうして催淫効果のある唾液を飲ませて唇を解放すれば、滴る銀の糸が獲物と竜紅人の舌の先を名残惜しそうに繋ぐのだ。
はぁ……とお互いの息が唇に掛かる。
法悦に蕩けた表情を浮かべながら獲物は、だって……、と言葉を発した。
「……ん?」
先を促すように竜紅人は獲物に語り掛ける。
その間、顕現させた竜尾の先端で『香彩』に対して疎かにならないように、首筋を耳孔を愛でることを忘れない。
「……あ、んっ……」
だがその快楽は確かに獲物にも伝っているらしく、獲物もついに艶声を上げた。
決して情慾だけではない涙が頬を伝う姿は、竜紅人の中の庇護欲と嗜虐心を掻き立てられる。どこか酷くしてしまいたくなる心に少しだけ鍵を掛けて、竜紅人は獲物の頬を蒼竜のように舐める。
常日頃から可愛らしいと思うその鼻梁に、幾つかの接吻を落とした。
そして獲物を、真正面から見つめる。
「──……あの時の……!」
切迫詰まったような獲物を慰めるかのように、竜紅人は優しい声で相槌を打つ。
「……あの時の、蒼竜の顔が! 声が、忘れ……られない……っ!」
「あの、時……?」
自分の御手付 きの思いの強さの所為か、竜紅人の脳裏に香彩 が思い描いているだろう場面が浮かび上がってくる。
それは竜紅人にとって、予想外の場面だった。
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