297 / 409

第297話 最後から二番目の真実 其の三

 唇が離れる。  名残惜しそうに銀の糸を引いて。  思わず追い掛けて求めてしまいそうになるそれを、香彩(かさい)は熱い息を吐くことで気を逸らす。 「……だって……」  怖いのだ。  言葉の先を促すように竜紅人(りゅこうと)が、香彩の瞳を見つめながら、ん? と語り掛けてくる。そうしながらも彼の背後から突如として顕現した竜尾の先端が、お前のことも気にかけているぞとばかりに『香彩』の首筋と耳孔を責めるのだ。 「……あ、んっ……」  悩ましい感覚が伝わってきて、香彩は甘い声を上げた。その竜尾すらも誰にも渡したくない、そんな気持ちが湧いて出る。  なんて欲深いことだろう。  自分以外に触れて欲しくない、だなんて。  感情がどうしても昂ってしまって、香彩の頬を静かに涙が伝う。それを慰めるかのように竜紅人が、まるで蒼竜のように涙を舐め取り、まなじりを吸う。  そうして、言ってご覧とばかりに、鼻梁に幾つかの接吻(くちづけ)を落とされて、香彩は息を呑む。  怖いと思った。  いま思う気持ちを知られることが。  真実を『知られているのだ』と思い知ることが。  だが竜紅人の優しい伽羅色の眼差しが、香彩を真っ直ぐに見つめていた。確かに情欲の熱も見え隠れしていたが、それ以上に幼い時からずっと自分を見守り続けてくれた、変わらない瞳がそこにはあった。 (……りゅう……っ)   その瞳を信じて、香彩はおずおずと口を開く。 「──……あの時の……!」 「……うん」 「……あの時の、蒼竜の顔が……声が、忘れ……られない……っ!」 「あの、時……?」  少し驚いた表情を浮かべている竜紅人に、香彩は無言のまま、こくりと頷いた。 「……竜紅人が発情して蒼竜屋敷に幽閉される前、僕はあの人だけを悪者にしたくなくて、あの人にわざと……」  衣着の合わせ目に熱い息を吐いて、焚き付けた。  覚悟を決めたはずだった。  四神をこの身体に宿すまでは、発情期に入った蒼竜を受け入れる事が出来ない。御手付(みてつ)きである自分が、共にあるはずの蜜月を過ごす事が出来ない。  蒼竜に対して出来ないことだらけで、どれひとつ取っても譲歩も出来ないのであれば、中途半端な優しさは却って、蒼竜を傷付けることにしかならないだろう。  突き放す覚悟をした、はずだった。  だがあの時の。  悲しげな蒼竜の眼と、悲痛な細い鳴き声が、ずっとずっと頭から。 「──離れてくれない……っ! りゅうに……貴方にあんな顔をさせて、声を出させてしまったことが……!」

ともだちにシェアしよう!