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第298話 最後から二番目の真実 其の四

 そばにも行けなかった。  何も出来なかった。   心を保ってしっかり最後まで全うしなければ、痛い目を見るぞと言った、紫雨(むらさめ)の言葉通りになったのだ。  上辺だけの言葉を鵜呑みにして。  辛いことには見ない振りをして。  そうして気付いてみれば、大切な人とすれ違った挙げ句に、自分の立っているこの場所はもう足場すらなかった。奈落の果てに落ちたこの夢床(ゆめどの)で『力』すら失って。 (竜紅人(りゅこうと)にあんな顔をさせてしまったこと) (竜紅人に、紫雨との目合(まぐあ)いで感じ入ってる所を見られたこと) (僕が原因で紫雨が昔、僕を殺そうとしたこと) (それによって幼竜の竜紅人が巻き込まれたこと) (……(ねい)に陵辱されたこと)  罪悪感の全ての出来事が、複雑な糸のように絡み合う。心がまるで嵐のように様々な感情で荒れる。どうにかしてしまいたいと、救いを求めるように生み出したのは、まるで蜘蛛のような姿をした『心の魔妖』でもあるもうひとりの香彩(かさい)自身だった。  『心の魔妖』は香彩の本質そのものを雁字搦めにして閉じ込めて、心と身体を繋ぐ気脈を切り、術力を喪失させた。  全ての原因となった根源が術力なのならば、失ってしまった方がいいだろうと言わんばかりに。 「だから……怖い」  香彩の震える声色を、竜紅人が聞いている。  じっと視線を外さすに。  時折、勇気付けるように慰めるように、肩を髪を優しい手付きで撫でる。 「すごく怖い。貴方に『心の魔妖(こんなもの)』を生み出していたのだと知られることも、何があったのか全て知られてしまったことも……」    ──それでも優しい竜紅人が……貴方の『好き』が怖い。  そして何よりも竜紅人に対して何も出来なかったというのに、辛い時だけ縋ってしまった自分の心が怖い。  竜紅人を傷付けたくないと思いながらも、蒼竜を利用して熱を貰い、彼の前から姿を消そうとしたことを、竜紅人は知っているはずなのだ。  香彩の感情に連動して、再び『香彩』が香彩の手足を強く締め上げる。 「──怖い? 俺の『好き』が?」  くすりと竜紅人が笑う。  その快楽に結び付く色を孕んだ優しい声色すら、香彩にとっては怖くて堪らない。  大きなため息を、彼はついた。  それは昔から香彩が何かを仕出かしてしまった時に、仕様がねぇなと言いながら彼がついていたものに、とてもよく似ていた。  竜紅人の伽羅色が慈愛に満ちた目で香彩を見ながらも、どこか剣呑とした色を帯びたことに気付いて、香彩の背筋をぞくりとしたものが駆け上がる。   「だから俺から離れるって?」

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