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第310話 消え果つ 其の二

 楽しそうにそう言う竜紅人(りゅこうと)に、香彩(かさい)はついには耳まで赤くなる。そんな色付いた耳輪を軽く口付けながら、竜紅人が香彩の腰を優しく撫でた。  仄かに温かくそして優しいものが、身体の中に伝わってくる。  それは極力抑えられた竜紅人の神気だった。  香彩の胎内(なか)に残っている神気に反応しないように調整しているのだろう。  やがてほんの少し動くだけで鈍痛を感じていた腰が軽くなり、そして消えていく。 「……りゅう……」  香彩のどこか切なさの伴った声色に、竜紅人が小さく息をついた。  心の動揺と腰の鈍い痛みが治まってしまえば、甦ってくるのは情事の最中に竜紅人に言われた、様々な言葉だった。  それは香彩の心を、どこまでも救い上げた。  底に沈み、罪悪感で雁字搦めになっていた心を救い上げられて、ようやく気付くのだ。  言葉だけではないのだと。  彼は一緒に夢床(ゆめどの)に落ちる為に、共に招影(しょうよう)に貫かれてくれた。そして共に罪悪感と後悔の幻影を視て、共に真実を探し自分の為に啼いてくれた。 「りゅう……」  竜紅人に伝えたいことがたくさんあるというのに、言葉にならずに香彩は、ただひたすら彼の名前を呼ぶ。  その想いがこの夢床(ゆめどの)の中で、どこまで伝わったのだろうか。  竜紅人はくすりと笑いながら、まるで宥めるように香彩の髪を手櫛で梳く。  優しい唇が額に降りた。  やがて鼻梁に、柔らかい頬に、彼は接吻(くちづけ)を落とす。そして彼の唇が首筋に寄せられると、すん、と匂いを嗅ぎながら、痕を残すのだ。 「……ん」  ちくりとした甘い痛みに香彩は素直に(いら)えを返した。軽く噛まれて竜牙が首筋に当たる。その狂おしいまでに感じる愛しさに、香彩は竜紅人の伽羅色の髪を(くしけず)る。 「俺の御手付(みてつ)きの香りだな、香彩」  そう言いながらも竜紅人の唇は、以前媒体となった唇痕に辿り着き、すでに薄くなってしまった痕に口付ける。そして鄙陋(ひろう)な程に音を立てて肌を吸い上げた。 「──っ、んんっ、あっ!」  角度を変えて幾度も吸われる鈍い痛みに、香彩はついに艶めいた声を上げる。前よりもきつく吸われているような気がした。きっとその痕は、本来ならば何日もくっきりと残るのだろう。  だがここは夢床(ゆめどの)。  縛魔師が深層意識の内を自身で視る為の、夢の空間だ。目が覚めて現実世界に戻ってしまえば、たちまちの内に消えてしまう。  竜紅人の残した痕も。  彼のものであるという御手付きの香りも。  彼の残り香も。 「夢床(ここ)じゃあ、俺の残した痕と匂いは現実世界には持ち帰れないからなぁ。それが何とも惜しいな」 「それでも……ここに残してほしい」

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