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第317話 魔妖の身 其のニ

「……やり過ぎだとお前は思うか?」    確かに圧力を掛けた。  術力を取り戻さなければ、大切な者の命が少しずつ奪われていく、そんな状況を作り上げた。そして司官に罰と妖力を与えて香彩(かさい)を襲わせ、香彩自身が()ようともしていなかった、心の奥底にあるものを視るように仕向けた。  招影(しょうよう)()ばせたのは『力』の失った理由の根源を探すのに適任だったからだ。だが何よりも招影の危険性を熟知した彼が、香彩を助けにあの場に顕れることを読んでのことだ。  きっと彼なら顕れると。  闇深き夢床(ゆめどの)に共に堕ちながらも、香彩を救うだろうと。  まさに読んだ通りに事は進んだ。   「言ったでしょう? 情を考えなければ確かに最善の策だと」    そう言って咲蘭(さくらん)は、(かのと)に向かって冷たく笑う。  叶に対し怒りを覚えながらも、最善の策だと言う彼の笑みは、まさに譬えるのなら、熱き氷の微笑だった。  冷徹に問題のみを解決する。その為の策に対する賛美と、置いていかれた人に対する情への怒り。  咲蘭の中にある相反する気持ちがそうさせるのか。  慈悲もなく温和さも感じられない、氷のような冷たい美貌の中に潜むのは、情に熱い華やかさだ。   「貴方に対して色々思うことも、それはそれはありますが……」    名残惜しそうに叶の頬を撫でた咲蘭の手が離れる。  そうして立ち上がり、彼は後ろを振り返った。   「私が本当に怒りを覚えたのは、そんな圧力を掛けられていても、何とか笑おうと私に作り笑いを見せた……」    ──香彩にです。    小さく息をつく咲蘭の視線の先には、香彩の姿があった。先程まで木床に臥せていた身体が、ゆっくりと立ち上がる。共にいたはずの竜紅人(りゅこうと)の姿が見当たらないということは、現実(ここ)に戻るまでに神気を使い果たしてしまったのだろう。  香彩は信じられないとばかりに立ち尽くしていた。  時折視える青白い光を、不思議そうに掴もうとしている。  この潔斎の場に広がる不変無き神々しいまでの光は、全て香彩の内から生じる術力と呼ばれるものだ。成人の儀を経て底上げされた力は、歴代の大司徒の中でも類を見ない程だと思われる。  現に招影(しょうよう)によって穢されていた空気も既に浄化され、宙を漂っていた災悪とも謳われた魔妖は、香彩の術力顕現と同時に消えていった。香彩の術力の強さに比例した、国の護守が働いた為だ。  象徴たる四門の式達の誇りに満ちた高らかな咆哮が、今にも聞こえてくるかのようだと叶は思った。  それが頼もしく勇ましくも、何とも忌々しい。  だがこの護りがなければ、この身に宿る妖気にほんの少し力を加えただけで、苦しむ無辜の民がいる。  あの司官に対しても、叶にとって僅かな妖力を分け与えただけだ。だが護守のない状態では、たとえ少しの妖力だったとしても、司官は苦しい思いをしただろう。現に苦しみに畏れて服従し、叶の筋書き通りの行動を取ったのだから。  その苦痛がいま、自分へと返ってきただけだ。  

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