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第319話 嗣子と罰 其の一

 どこか夢見心地のまま、香彩(かさい)は身を起こした。  蒼白い光に包まれたままの自分を、とても不思議に思いながら、ゆっくりと立ち上がる。  身体がとても軽かった。  欠けていたものが心の中にちゃんと収まって、満たされた様な、力を与えてくれるかの様な、そんな気持ちがする。  香彩は光に触れようと右手を伸ばした。  後を追うようにふわりと、蒼白い光の軌跡が舞う。  この溢れんばかりの光は一体何だろう。  何気に香彩は自分の両手を見た。光はこの手から溢れて身体全体を包んでいる。  ──術力だ、と。  答えがすとんと心の中に落ちた刹那、香彩はいま立っているこの場所が、潔斎の場だと、現実に戻って来たのだと認識する。 「ああ……」  思わず香彩は感嘆の声を上げた。  失ったはずの物がこの目に見えている。物心付いた頃からずっと当たり前のようにあった『力』が、ちゃんとここにある。  それの何と嬉しいことだろう、有り難いことだろう。  香彩は手から溢れ出る光の軌跡をぎゅっと握り締めて、辺りを見回した。  無数の蟲のように絡まり合い、漂っていた招影(しょうよう)の姿が、跡形もないことに気付く。木床を染めていた黒曜の穢れもまた、綺麗に浄化されて消えていた。  消したのだ、と。  自分のこの術力が消したのだと、しばらくの間、香彩は認識することが出来なかった。    招影は川に投げ込まれた人の邪怨念を蓄積して成長する。召喚されなければその姿を現すことのない為か、大量の念を抱えていることが多い。人の念は魔妖よりも厄介なもので、段取りを踏んだ上で祓わなければ消えることはない。また招影は人の念を餌に災悪禍災を誘き寄せ、撒き散らす性質も持っている為、尚更祓えの儀が必要となる。 (それが消えてしまった) 『力』を取り戻しただけで。  香彩は無意識の内に身体をふるりと震わせた。  自分が紫雨(むらさめ)からどれ程の『力』を受け継いだのか、香彩には自覚はなかった。だが紫雨から引き継いだ四神が、元から存在した『力』を底上げし、内にある真竜の神気と光玉が、術力の巡りを良くしていることに間違いなかった。  身の内を探れば確かに大きな術力の光と、その周りをくるくると回る三つの光玉の気配がある。  ほんの少し身体を動かすだけで、蒼白い光が軌跡を描いて揺蕩う光景は、果たして周りからどんな風に見られていたのか。  潔斎の場から避難した者達が、場の静けさと清浄さに何事かと、どうなったのかと戻ってくる気配がする。  招影に襲われ、長い二の腕に胸を貫かれた者達が、香彩と同じように不思議そうに目覚め始める。  やがてざわざわとした喧騒が生まれくる中で、香彩は彼らの声を聞いた。  『力』を取り戻されたかと。  神気を伴う術力とは、と。  御手付(みてつ)きで有らせられたかと。  あの内にある光核の気配はまさか、と。

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