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第321話 嗣子と罰 其の三

「……っ」    雨神(あまがみ)の指が香彩(かさい)の唇から離れる。  制していた手が取り除かれて、香彩はその名を呼ぼうと、そして何かを言わなければと思った。だが本当に面白いのだとばかりにくすくすと笑う雨神の笑い声に、話すその内容に香彩は言葉を詰まらせる。  同胞。  その言葉に香彩は戸惑った。  確かに自分は竜紅人(りゅこうと)の、蒼竜の御手付きになった。彼の神気に包まれ、彼の為の香りをこの身から発するようになった。人の気配も確かに持っているが、最近は気配が変わったと紫雨(むらさめ)に言われたばかりだ。  決して嫌なわけではない。  だが同胞だと、他の真竜から言われたことが俄かに信じられなくて、香彩は迷子になってしまったような目を雨神に向けた。  くすくすと笑っていた雨神の笑い声が、途端に大きくなる。   「ほんに、ほんに、愛しゅう」    愛しゅうて堪らんや。  そう言いながら笑みを浮かべる雨神が、香彩の肩に手を置いた。   「この地に新たな同胞が生まれ来る。孕み、生み出す者が、吾らと祀りを結ぶ者とはえ。吾は彼の竜が成竜となるまで、雨を。そして冬の寒さに耐え、春に芽吹く生命の強さを約束しようえ」    香彩と視線を合わせていた雨神が、まっすぐに香彩の後ろにいる者を見る。香彩もその視線に釣られるように後ろを振り返った。  やがて雨神は数歩前に踏み出し、右手拳を胸の上に置いて一礼する。  心真礼と呼ばれているものだ。  それは敬意を払うべき相手に対して行う礼のひとつだった。雨神がこの場において心真礼を行う者はたったひとり。    国主、(かのと)。   (かつ)ては天にいたとされる全ての魔妖の王であり、天妖、神妖とも呼ばれている真竜の同胞だ。  叶は悠然と立ち上がり、雨神をどこか満足そうに一瞥すると、背後にある木壁に向かって歩き出した。軽く木壁に手を添えると、叶の手を中心として不思議な紋様を描いた陣が浮かび上がり、仄かに光を放つ。  あれは紫雨が得意としている移動用の陣だ。  木壁に飲み込まれるようにして、叶は姿を消す。  そして雨神もまた心真礼を執ったまま、陽炎(かぎろい)の如くその姿を揺らめかせ、やがて消えていった。    雨と春の生命の強さを約束されたのだと。  それを叶が認めたのだと。    どこか状況が掴めないまま、茫然としながらも香彩はようやくそれを理解する。   「見事に『力』を取り戻しましたね、香彩。流石は期待の大司徒、と言ったところでしょうか?」    真竜と神妖がいなくなり、再びざわめきを取り戻しつつあった潔斎の場に、悠然とした落ち着いた声色が響いた。

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