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第325話 嗣子と罰 其の七
この二人にはどこまで知られているのだろうと、香彩 は思う。だがもしかすると彼らは香彩と寧 の間に何があったのか、知らないのではないだろうか。
もしも知っていたら、咲蘭 も紫雨 も黙ってはいないだろうと思う。
特に紫雨に関しては屋敷にいた紫雨の式達が、彼には黙っていてほしいという香彩のお願いを、ちゃんと聞いてくれたということだ。
香彩はもう誰にも知らせる気はなかった。
実際本人を目の前にして、自分がどう思うのか分からない。
だが彼もまた被害者なのだ。
「……ところでその寧はどこにいるんです? 縛魔師達の中には見当たらないようですが」
今後の執務について二三、相談したいことがあるのですよと咲蘭は言う。
「──っ!」
香彩は強張った表情を浮かべながら、咲蘭を真っ直ぐに見た。香彩の感情の変化に咲蘭が目を見張る。
そういえば寧は『雨神 の儀』の場にいたのだろうか。そんな疑問が心の奥から湧いてくる。
寧と会った最後の記憶は、潔斎の場に隣接する禊場だ。
『力』の戻らないまま叶の勅命に従い『雨神の儀』の陣の前に立った時、自分のことで頭が一杯で彼がその場にいたのか全く覚えていない。
紫雨が何か彼に別の用事でも言いつけていたのか。
堅い表情のまま香彩は紫雨を見る。
物言いたげな視線と香彩の顔に、香彩が言わんとしていることを察したのだろう紫雨が、無言のまま首を横に振る。
夢床 で視た通りの出来事が実際に起こったのならば。
(……ああ、それじゃあ寧は──)
紫雨に掴まれている肩を振り解くようにして、香彩は走り出す。
後ろで紫雨が何やら香彩を呼んでいたが、香彩はそれを気に掛ける余裕がなかった。
真実の通りなのだとすれば、寧はまだ禊場にいるはずだ。その場所は恨みの傷と魔妖の王の妖気を媒体に喚び出された、招影 の始まりの地点のはずだった。
※ ※ ※
禊場は潔斎の場のすぐ隣にあり『雨神の儀』が始まるつい先程まで香彩が使用していた。寧もまた香彩の支度を手伝っていた。そのすぐ後だ。申し子に先導されて香彩が禊場から出た後、彼が招影を召喚したのは。
入口の前まで来た香彩は大きく息を吸った。
この中が一体どうなっているのか、想像すら付かなかった。
意を決したかのように香彩は禊場の引き戸を開ける。
──それは一面の黒、だった。
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