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第332話 嗣子と罰 其の十四

 好きの種類が違うのだと意識したばかりだというのに、紫雨(むらさめ)の手酌するその動作を見ていると、感情が引き摺られてしまう気がする。   (……この人は……)    竜紅人(りゅこうと)と自分の情事を肴にして、愉悦に笑みを浮かべながら酒を飲んでいたのだ。どうしてもあの儀式の情景を思い出してしまって、香彩(かさい)は無意識の内にぐっと奥歯を噛み締める。  その強張った表情を見た紫雨が、再びくつりと笑った。   「──単なる安酒だ。神澪酒(しんれいしゅ)ではないから安心しろ、香彩」    注がれた酒に対する苦顔だと思われていることに、香彩は安心と(やま)しさと、そして一縷の寂しさを感じた。だがこれで良かったのだと思う自分がいる。  杯を軽く合わせて、一献傾ける。  確かに神澪酒ではないが、安酒と言い切って仕舞える程、味が悪いわけでもなかった。  これは涼冷えだろうか。口当たりが良く、冷たく爽やかな味わいの酒だ。  思わず美味しいと香彩が小さな声で呟くと、紫雨が当然だと言わんばかりの、男臭い笑みを浮かべる。その顔を見て香彩は、ああ自分の好みの物を用意してくれたのかと思い立った。  普段から神澪酒を水の様に飲む彼からしたら、少し物足りないのだろう。酒杯に並々と注がれた酒を、彼がぐいっと飲み干す。  そして再び手酌をしながら紫雨は言うのだ。  ここで神澪酒を飲ませてどうこうする気はない、と。   「流石にこれ以上、竜紅人を裏切れん。あれには世話になったからなぁ。婿には嫌われたくないものだ」 「……っ!」    思わず噎せそうになる酒を、何とか堪えてこくりと飲み干す。だが変な飲み方をした所為か、喉がひりついて堪らない。  いきなり何を言うのかと言いたげに、恨みがましく香彩が睨めば、紫雨はとても面白そうにくつくつと笑うのだ。   「仲が良いのに越したことはないだろう? 俺だって孫の顔は見たいからなぁ。婿と喧嘩して、孫の顔は見せんと言われも堪らんからなぁ」 「──ま……!」 「孫だろう? ああそういえばこの前、桜香(おうか)にお祖父様と呼ばれたのだったなぁ」    もう一度呼ばれたいものだ、などと話す紫雨に対して、香彩は居たたまれない気持ちを抱えて顔に朱を走らせた。どこか生暖かいような笑みを浮かべる紫雨に、何も言えなくなった香彩は、逃げるように杯に残った酒を一気に呷る。香彩のそんな心情など、とうの昔にお見通しなのだろう。更にくつくつと楽しそう笑いながら、紫雨は空になった香彩の酒杯に酒を注ぐ。   「あまり飲み過ぎるなよ。この後、発つ予定なのだろう?  まぁその前に先程の禊場の件、お前の知る限りの情報を、洗いざらい話して貰うまでは、大宰私室(ここ)を出すつもりはないがな」    それはまるでどこかの悪役の様な物言いではないのか。  これでもかと楽しげにする紫雨に、香彩は心内で先程感じた気恥ずかしさと相俟って、辟易とした表情を浮かべた。    だが。  彼の目が、変わる。  

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