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第333話 嗣子と罰 其の十五
楽しげながらも見定めようとする鋭い翠水に、香彩 は背筋を叩かれたような気がした。
「──的確過ぎる、と思ってな」
いつもよりも低い、官能的な声が部屋の中に響く。
「寧 の気配を読んだにしても、お前の行動は的確過ぎると感じた。お前は寧があの場所にいて、何をしていたのか知っていたようにも思える」
実際のところどうなんだ。
紫雨 のその言葉に、香彩は思わず言葉を詰まらせる。
そんなもの知らないと、寧の気配を読んだのだと突っ撥ねようかと思った。だが確信を持った彼の言い方に、どこか嫌な予感がした。そんな心を誤魔化す為に、香彩はゆっくりと酒杯を傾ける。
口の中に芳醇で冷たい酒の味が広がる。こくりと一口を飲んでしまうまでの須臾 、香彩は今から紫雨に対して隠し事をする為に、仮面の自分を作り上げた。
知られたくないのだ。
寧に襲われたなどと。
紫雨に知られてしまったら、居たたまれなくて惨めで堪らなくなる。竜紅人とはまた違った『怖さ』があった。
それに紫雨が今後、寧に対してどのように動くのか想像が出来てしまう。彼は自分の為に寧を遠ざけるだろう。それだけは避けたかった。寧は紫雨の性格に付いていける唯一の副官であり、術者としても優秀だ。出来れば自分の所為で彼を紫雨の側から失くしたくない。
(……あくまでいつも通りに)
彼に見透かされないように、心の奥に鍵を掛けながら、香彩は口を開く。
「……夢床 で見たんだ。寧が禊場で招影を召喚したところを」
「──ほぉう?」
紫雨の感嘆の声が、やけに大きく私室に響いた気がした。香彩は思わずびくりと、動いてしまいそうになる身体を必死に抑える。冷ややかな酒で喉を潤したというのに、ひどく渇いて仕方がない。再びこくりと飲んで、香彩は自分が知っていることを手短に話す。
寧が紙蝶を使って紫 雨 と 叶 を 探 っ て い た こと。
その処罰として『雨神 の儀』の当日に、招影 を召喚するよう勅命を受けていたこと。
「夢床で招影の毒に呑まれそうになった時、雨神と雪神が竜紅人 に『力』を貸してくれたんだ。『春を司る真竜の力を借りた蒼竜の咆哮は、常夜を照らす真実の道しるべだ』って言って。真竜達が視せてくれた真実だから、あの光景は確かだと思う」
そう言い切って香彩は、震える息を紫雨に悟られないように、細く吐いた。何度も潤したというのに再び喉が渇く。酒杯を傾けようとしてそれが空なのに気付き、手が震えないように卓子 に置く。
紫雨は無言のままだった。
やがて香彩から視線を外した彼は、喉奥でくつりと笑うと、沈黙を保ったまま香彩の酒杯に酒を注ぐ。
「いつになく、随分と雄弁じゃないか。香彩」
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