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第335話 嗣子と罰 其の十七

「──!」    寝台に身体ごと叩き付けられて、勢いのままに香彩(かさい)の身体が跳ねる。  器用にもその反動を利用して、紫雨(むらさめ)が香彩の両手首を片手で纏め、頭上に縫い付けるかのように押さえ込んだ。  怒りを孕んだ鋭い翠水に見下ろされて身が竦む。ぞくりとしたものが背筋を駆け抜けて、冷たい汗が伝う。  香彩は視線から逃れようと、身を捩りながら顔を背けた。  途端に眼前に露わになる白い首筋に、紫雨は何を思ったのか。   「……あ……っ!」    綺麗な線に沿って熱い舌が這う。  じっくりと耳元まで舐め上げるその滑りとした感触に、香彩は甘さと怯え混じりの切ない声を上げた。  背中のひやりとした汗の冷たさと、首筋に感じる舌の熱さにくらりと眩暈がして、まるで自分自身がどうにかなってしまいそうだった。  紫雨の唇はやがて耳朶を食む。   「──言え。かさい」 「……っ!」    普段よりも一段と低い、吐息混じりの官能的な声を耳元に吹き込まれて、びくりと身体が跳ねる。  じわじわと甘い痛みに変わっていく耳への愛撫。そして締め上げられていく手首の痛さが、どうしてもあの暗がりであった出来事を思い出してしまって、身体の震えが止まらない。  あの日以来、()()()()()()性的な官能は、あまりにも残酷で複雑だった。   「あ……」    紫雨のもう片方の手が、香彩の腰の曲線を撫で上げる。その手の熱さが動きが甘く感じられるのと同時に、粟立つような怖さも感じてしまって、香彩は動揺した。  紫雨に対してそう思ってしまった自分が信じられない。  見下ろされる体勢と手首の痛みに過去を揺さぶられて、きっと心が誤作動を起こしてしまっているのだと思った。  だがこの恐ろしいと思う気持ちと、脈打つ胸の動悸は治まることを知らない。   (……やめて……)    どうか貴方を本当に『怖いものだ』と心が認識する前に。    どうか。  この手を。    解放してもらうにはどうすればいいのか、自分が一番よく知っている。  香彩は今一度、紫雨を見た。  怒りと情欲を含んだ翠水の焔にこれ以上灼かれたくなくて、痛みから解放されたくて、香彩は彼が求めていた答えを口にする。   「──……(ねい)に、おそわ、れた……」    弱弱しくも掠れた声で香彩はそう告げた。  刹那の内に目を見張った紫雨だったが、視線が先程よりも柔らかくなる。やがて手首を締め上げていた腕の力も緩んで、掴むだけになっていた。  腰元にあった紫雨のもう片方の手が、香彩の頬を撫でる。慰めるようであり先を促すようなその仕草に、香彩はおずおずと真実を彼に話し始めた。  寧の紙蝶は自分を視ていたこと。  紫雨に門前払いされた後も、寧は紙蝶を引かずに大宰政務室に残していたこと。  紫雨が部屋を去った後すぐに(かのと)に見つかり、受けた間諜(うかみ)の罰。妖気に晒されながら寧は、香彩の荒療治のためにその春機を利用されたことを。  

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