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第336話 嗣子と罰 其の十八

  「──やはり、そうか」    低く紫雨(むらさめ)がそう呟きながら、香彩(かさい)の手首を解放する。敷包布と背中の間に手を差し入れると、優しい動作で香彩を抱き起した。  紫雨に知られてしまったことに対する、居た堪れない気持ちが心の中を占める。  だが前もって確信はあったのだと言わんばかりの彼の肯定の言葉は、何の感情も込められていないように聞こえた。もしくは何かしらの激情を隠す為に、わざと淡々としているのかもしれないと香彩は思った。今にも(かのと)(ねい)の所に駆け出して行きそうな、そんな雰囲気を感じ取る。  香彩は寝台の縁に座る紫雨の衣着の袖を、軽くつんと引っ張った。  少し身体の均衡を崩しながらも、紫雨はくつりと笑う。   「そんな心配そうな顔をするな。叶の奴は咲蘭(さくらん)が締めるだろうが、まぁ寧共々、滅多打ちにしてやりたい気持ちは大いにあるがな。だが罪を犯した者には裁きと罰が必要だ。口惜しいことにな」 「でも……寧は……」    悪くない。   寧だけが悪いわけではないことを、香彩はあの夢床(ゆめどの)で知ってしまったのだ。  妖力に染まった黒い薔薇(そうび)が、寧の理性という心を鷲掴んだ瞬間を見た。あの時点ではまだ、寧の感情は寧自身によって抑え込まれていた。   「引き金を引いたのは、僕だ」    自分でも思わず、どきりとしてしまうほどの艶な表情を浮かべて、紫雨との接吻(くちづけ)を思い出していた。含まれる神気に竜紅人(りゅこうと)のことを思い出していた。そして日も暮れたというのに、人通りがほとんどない暗がりの路地を歩いていた。  自分の見せた『隙』が、寧の春機を加速させてしまったのだ。   「恨傷の薄くなっていた理由はそれか?」 「……よく、分からない。寧を赦したわけじゃないけど……」    きっとそうだと思う、と香彩は小さく呟いた。  自分の気持ちがままならない。  寧に対してどんな感情を抱いてしまっているのか、香彩自身がもう分からないでいた。ただ寧だけが悪いわけではないのだと、紫雨には伝えたかった。分かってほしかった。  香彩は彼の衣着の袖を皺が出来るほどに、ぎゅっと掴む。  そんな香彩の様子に、紫雨が大きく息をつきながら後頭部を優しく撫でた。   「──お前は竜紅人の次に、寧と共にいた。確かに割り切れるものではないな。それにお前のことだ。俺の副官がいなくなると心を砕いたのではないか? だがどんな理由があるにせよ、罪は罪だ。罪は公平に裁かれ、罰を受けなければならない」  「……っ」    紫雨の言葉に香彩は何かを言わなければと思った。だがそれは言葉として紡ぐには、あまりにも稚拙な感情だった。確かに罪は罪なのだ。香彩は息を詰まらせたまま、視線を上げる。    真摯かつ穏やかな翠水がそこにはあった。

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