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第346話 覚悟 其のニ

 真竜を生み出すことになるのだと、縁が繋がった真竜がいるのだと聞かされた時、まず初めに覚えた感情は竜紅人(りゅこうと)に対する怒りだった。何故こんな大切なことを言わずに発情期に入ったのだと思った。だがそれは香彩(かさい)自身が、話も出来ないような状況に竜紅人を追い詰めてしまったからだと、今となっては自覚している。  その次に覚えた感情は喜びに近いものと、とんでもなく漠然とした不安だった。自分達の想いの為に消えてしまった桜香(おうか)と、後悔と無念を抱えて消えてしまった壌竜と紅竜。その三体と縁が繋がった。たとえ彼らが前竜の記憶がなくても、また会えるのだ。  自分が生み出せば。  彼らを生み出すことが決して嫌なわけではない。それでも心の中で大いなる喜びを感じながらも、真竜を生み出すのだという畏れ多さが香彩を怯ませる。ちゃんとこの世に誕生させることができるのか、生み育てることが出来るのか、不安が付き纏う。  だがそれも竜紅人がそばにいてくれるのなら、怖いものなど何もないだろうと思った。たとえ怖いと思うことがあっても、乗り切れるはずだと思った。   (だけどもしも)    思念体の竜紅人と、生身の竜紅人の気持ちが違っていたら。冷静になって、やはり他の男の香りのする御手付(みてつ)きなどいらないと思われていたら。  ぞくりと冷たいものが背筋を伝って落ちていく。  そんなはずはないと思いたかった。  どんな自分でも離さない、逃げるのならどこまでも追い掛けると言ってくれた、夢床(ゆめどの)に一緒に降りてくれた竜紅人を信じたいと思った。だが心は無意識の内に、自分が傷付かないように保険を作る。  『生み出さない』という選択肢が自分の中にない以上、答えなどたったひとつしか存在しない。  香彩は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。  それは覚悟を決める為の、前準備のようなものだった。  息を整えて気脈を整えて、自分の心の中にあるもうひとつの思いを見つめ直す。   (蒼竜が正気に戻ったら、もう一度ちゃんと話をする。その結果次第で僕は、彼から離れる) (熱を貰った後だったら、蒼竜はもう発情期から解放されるし、大丈夫だろう) (紫雨が北の離れにも手を入れるって言ってくれたし、そこに行って、色んなことをゆっくり考えるのもいいかもしれない)  (……そしてそこで小竜達を)    生み出す為の準備を、育てる為の準備をしよう。  一番好きな人の熱を貰って生み出された仔は、どんなに愛しいだろうか。同時にもう会えないと思っていた三体に会えるのだ。  香彩は無意識の内に自分のおなかに触れる。香彩の手に応えるかのように、仄かにおなかの内側が温かくなる。  ここに生命があるのだ。  自分が生み出さなければ、この世に誕生出来ない生命の核が宿っているのだ。   (ひとりで、生み出す覚悟を) (ひとりで、育てる覚悟を)    香彩は幾度も心に保険を掛ける。  心は移ろうものだ。  夢現(ゆめうつつ)と現実は違う。  生身の自分の身体を見て、気が変わるかもしれない。  あの時、竜紅人に言われた彼の気持ちが、今も同じものとは限らないのだから。     

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