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第347話 解放 其の一
再び無意識の内に白虎の毛を、ぎゅっと掴んでいたことに気付いた香彩 が、白虎に謝る。
短く呻った白虎が何を思ったのか、無言のまま太い縞模様の尻尾で香彩の頬をするりと撫でた。それが慰められているかのようで、もしくは勇気付けられているかのようで、香彩は尾の柔らかい毛並みに頬を摺り寄せる。
「ねぇ、白虎」
香彩の声に虎竜が応えを返すように、竜の声を低く響かせた。
「もしも次に僕が喚んだらさ、何も聞かずに北の離れに連れて行ってほしい。僕がどんな状態であっても、万里をも駆けるその脚で」
その言葉に白虎が息を呑むのが分かった。
無言がしばらくの間、続く。
有無を言わせない言葉を使った自覚が香彩にはある。
それは『お願いという名の命令』だった。かつての白虎ならば、この『お願い』は決して聞いてはくれなかっただろう。だが主が紫雨 から香彩に代わった今、主が本当に求める命令ならば四神は絶対服従を誓う。
やがて脳内に、御意、という白虎の応えの声が響いた。
意気揚々と喜んで香彩の命令を聞いた訳ではないのだということが、白虎が纏う空気から察せられる。心配をしてくれているのだ。
香彩は謝罪の意味を込めて、白虎の頭を軽く撫でる。
きっと白虎は気付いている。
次に香彩が自分を喚ぶ時が、一体どういう状況の時なのかを。
白虎は駆けた。
陽は既に落ちて、淡い藍色の闇がまるで水に溶いたかのように広がり、山の斜面を覆っている。 その中でも一際、闇の濃い稜線に向かって、白虎は駆けた。
この空の道を香彩は一度、蒼竜と共に飛んだ。あの時は多少自分の意思もあったが、蒼竜に強制的に連れ行かれていた為か、何が起こるのか不安な感じが取れなかった。だが今は誰に強制されるわけでもなく、自分の意思そのもので、蒼竜屋敷に向かっている。
自分が蒼竜を求めて、蒼竜の元に向かおうとしているのだ。
確かにあの時とはまた違った不安はあった。だが御手付きには、主を求める本能でもあるのだろうか。蒼竜屋敷が近づくにつれ、蒼竜の傍に行けることに香彩は、妙な心の昂ぶりと悦びを感じる。
やがて見えてきた蒼竜屋敷は、仄かな黄金の光に包まれていた。
(ああ……黄竜だ)
門上にその優美な巨体を丸めて眠る、黄金の竜が見える。
白虎が蒼竜屋敷の大きな門の前に降り立つと、香彩を降ろした刹那にその姿を消した。
何も言わず消えてしまった白虎に香彩は戸惑ったが、その理由はすぐに分かった。
黄竜が目を覚まし、首を上げてじっと香彩を見つめていた。その視線に何か言いたげな圧力のようなものを感じる。これでは黄竜よりも下位の竜でもある虎竜は、堪ったものではなかっただろう。
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