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第348話 解放 其の二

 悠然と門上に揺蕩うようにその御身は存在した。  ぐる、と唸り声に合わせて、身体を覆う金色の鱗が波打つように光る。こちらを威嚇するような、もしくは戒めるかのような神気の奔流が黄竜を包み込んでいた。  蒼竜の神気を『森の木々の香り』とするのならば、黄竜の神気はまさにこの刻時『夕闇が迫る時の空気の香り』だった。  どこか神秘的で気高く、そして物悲しい気持ちにさせる黄竜の、光の雨のような綺羅綺羅とした神気を感じながら、香彩(かさい)は今一度目の前の尊い存在を見据える。  再び黄竜が唸り声を上げた。  少しずつ強くなっていく神気に、香彩は戸惑う。  目の前にいるのは、本当に自分のよく知っている友人なのだろうかと、そんなことを思った。だが気配を探れば、やはりそれは世話好きの友人のものなのだ。  心の奥まで見透かそうとするかのような深い紫闇の瞳で、黄竜はただ香彩を見つめていた。それは見定めされている、と言っても良かった。   「──(りょう)」    香彩は自身の気持ちを引き締めながら、重々しく黄竜の名前を口にした。   「療……蒼竜を見張ってくれてありがとう。全ての準備が整ったから、どうか蒼竜を解放してほしい」    黄竜は再度竜の声で唸る。   『──香彩、聞いていい?』    脳内に響く、久方ぶりの友人の声に香彩は頷いた。   『オイラがここを離れた瞬間に、蒼竜屋敷を覆っていた結界の支えがなくなって、蒼竜の発情の気に襲われる。前にも言ったと思うんだけど発情した真竜は執拗だよ。特に目の前に自分の御手付きがいたら容赦ない。香彩の胎内にある竜核が、ちゃんと根付くまで離して貰えない。それに蒼竜がある程度、熱を発散させないことには言葉も通じない。香彩は発情した雄竜のところに行く覚悟はある? 内にある竜核に真竜を宿す覚悟はある?』    療の言葉に、直向きな程に真摯な紫闇の視線に、香彩は生唾を飲み込んだ。  心の中で複雑な感情が入り混じる。それは先程も感じていた不安と悦びだった。  発情している雄竜は執拗なのだと、離して貰えないのだと黄竜は言った。それに対して香彩は恐ろしいとは思わなかった。寧ろ黄竜が目の前にいるというのに、ずくりと尾骶が甘く痛む。本来の大きさの蒼竜と交わったのは、たった一度だけだ。あの時も蒼竜を怖いとは思わなかった。気持ち良くて幸せで、堪らなかった。   (多分、怖いのはその後だ)    熱をある程度発散させた蒼竜が、自我を取り戻したその瞬間が、香彩にとって一番恐ろしい瞬間だった。   (……大丈夫)    覚悟はもう、決めた。   「──蒼竜を解放して、療」   

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