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第353話 蒼竜との御契 其の一

「……あ……あ……」    法悦の境地にした香彩(かさい)は、中々その頂点から降りてくることが出来なかった。  頭の中が真っ白になり、石畳に付いた膝ががくがくと震えている。  内に残った白濁を最後まで吐き出そうとして、意識せずとも腰が揺れた。  誰にも何もされていない。  ただ匂いを嗅いだだけで、こんな風になってしまった自分が恥ずかしくて堪らない。堪らないというのに未だにその若茎から、つつと透明な蜜が溢れている。  そして後蕾の奥の蕾が花開いた気がした。熱の楔のような蒼竜の雄を求めてひくつき、とろりと後蕾からも蜜が溢れ出すのが分かる。  そのあまりの気持ち良さと戸惑う心の乖離に、香彩の頬を、一筋の情慾の涙が伝った。   「はぁ……あ、ぁ」    吐く息はとても熱くて、そして甘い。まるで息までも御手付きの香りに染まってしまったかのように、甘い匂いがする。春宵に咲く春花のようなそれは、今まで嗅いだ中で一等強く、妖艶で濃厚な香りがした。  まるで蒼竜の発情を匂いで知った身体が、御手付きの本能で蒼竜の為に受け入れる準備を整えているかのようだった。そんなことを心内で思ってしまえば、身体は更に熱くなり、熱を放ったはずの若茎が再び兆し始める。  自分でも分かるほどの匂いだ。  御手付きの香りにとても敏感な蒼竜が気付かないはずがない。   「──っ!」    香彩は息を詰めた。  聞こえるのだ、蒼竜の声が。  まるで遠雷だった。  空があの竜を胎蔵し、低く低く轟き響いて唸っているかのようだ。竜の唸り声は周りの空気ごと、胸の奥を、肚の底を震わせる。  幾度も、幾度も。    それは来るな、という拒否の響きのようでもあり。  おいで、という懇願の響きのようでもあり。  来い、という命令の響きのようでもあった。    まさにそれは『竜の聲』に違いなかった。  聲に含まれる、蒼竜の全ての思意を身体の奥底で感じ取った香彩は、堪らなく疼く快楽に身を震わせながらも立ち上がった。  『竜の聲』は御手付きを服従させる。  譬えどんなに心と身体が拒否をしていても、御手付きの本能が主の命令に対して従うことに、深い悦びを感じさせるのだ。  前屈みになりながらも、香彩は一歩、また一歩と歩き出した。  ようやく屋敷の中へ入ることが出来ると、今度は木壁に身体を凭れさせながら引き摺るようにして歩く。足を踏みしめる度に後蕾から、どぷりと蜜が溢れ出す感触に、香彩は堪らず奥歯を噛み締めた。   「……っ、はぁ……」    だんだんと口元に力が入らなくなる自分を自覚していた。我慢出来ずに口の端から零れ出る艶声と甘い息、そして蜜のような唾液がつつと伝い顎から首筋へと流れていく。拭う余裕もないほどに、色付いた唇から洩れ出す喜悦の声が居た堪れなくて、香彩は誤魔化すかのように名前を呼んだ。  求めて止まない想い人の名前を。   「はっ……、りゅう……」  

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