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第355話 蒼竜との御契 其の三

 薄暗い部屋の中で、仄かに発光する蒼竜の鱗に照らされた香彩(かさい)の肌は、その白さを一層際立たせているかのようだ。そんな香彩の姿に、どこか眩しそうに目を細める蒼竜がいた。その仕草に愛らしいものを感じて、香彩は生まれたままの姿のまま、蒼竜の口吻(こうふん)部分に頬を寄せる。  ふさりと竜尾の先端に豊かに生える尾毛が、香彩の身体を包み込んだ。  直接肌に触れる尾毛の、とても柔らかな質感に、香彩は堪らず口吻に抱き着いた。   「……りゅう……?」    芳醇な春花の香りの中に、幽かに鉄の匂いがしたように思えて、香彩は蒼竜から少し離れて辺りを見回した。  すん、と匂いを辿れば、それは足元から匂ってくる。   「こ、れ……」    蒼竜の前脚には咬み傷があった。先程怪我を負ったかのような新しいものから、既に傷口に瘡蓋が出来ているものまで、大小様々な咬傷が刻まれている。中には黄竜の気配が未だに色濃く残るものもあった。   (あの時の……傷だ)    まだ何の拵えも出来ていなかった香彩を護り、蒼竜屋敷(ここ)に幽閉する為に黄竜が負わせたものだ。もしかしたら黄竜が蒼竜を運ぶ際に、首筋に食い込ませていた鋭牙の傷も、そのままなのかもしれない。  ここにきて鉄のような匂いが、僅かながらも口吻から漂ってくることに気付く。   (この新しい傷は……)    自分で咬んだのだろうか。  蒼竜の下顎辺りに血液の跡を見つけて、香彩はそう確信する。そっと触れると血液がまだ手に付くことから、そんなに時間は経っていないのだろう。   蒼竜が触るなとばかりに責めるように低く唸った。  香彩は臆することなく身を寄せて、下顎の血液を舐め取る。   「──っ!」    まるで強い酒でも飲んだかのように、かぁっと身体が熱くなった。鉄のような匂いがするというのに、蒼竜の血液がとても甘く感じられる。  熱くて甘くて堪らない。  身体の外側を発情の匂いに、内側を血液に侵されていくかのようだ。   (だけどもっと熱く、なる)    今からそういうことを、しようとしている。   「りゅう……交わるの、傷、治して、からでも、いい?」    蒼竜の目を見ながら辿々しくも香彩はそう言った。  果たして言葉が通じるのか分からない。  案の定だった。  じっと香彩を見ていた蒼竜は、それでも香彩の話した言葉が気になるのか、目を大きく開けて低く唸りながらも頭を傾げたのだ。  妙に愛くるしい姿に、香彩はくすりと笑う。  香彩の笑うところを見たからだろうか。  蒼竜は、きゅうと高い声を出して口吻を薄く開けた。その姿は香彩を真似て、笑っているようにも見える。   

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