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第367話 蒼竜との御契 其の十五 ★

 黄竜がその膨大な神気を以って、香彩(かさい)に番避けを施したのは、つい先程のことだ。  御手付きが発情期を迎えている真竜に項を噛まれると『真竜の番』になる。番になれば姿はそのままに、人であって人でないものに身体が変化する。長寿である真竜と共に生きられるように、時の流れが変わるのだ。そして生死をも真竜に支配される。番となった真竜が死ななければ、御手付きもまた死ぬことは出来ない。  発情期の真竜が、自分の御手付きの項を噛もうとするのは、生涯の伴侶を早く得て子を成そうとする、真竜としての本能だ。  蒼竜が再び唸り声を上げながら、香彩の肩を食む。  痛みと悦びの入り混じった嬌声を上げながら、香彩はすぐ横にある大きな蒼竜の口吻を撫で、軽く接吻を送った。蒼竜の唸り声の感じが先程と少し変わった気がしたのだ。  どこか悔しげで、どこか寂しいものへ。  そんな蒼竜に申し訳ないと思いながらも、香彩は番避けを施してくれた(りょう)に感謝した。ちゃんと話が出来ていないのに、発情で『竜紅人(りゅこうと)としての意識』がほとんどない竜紅人と番になってしまったら、本当に彼に申し訳が立たないと思ったのだ。   (……御手付きも初めは彼の同意なく、だった。だから……)    『竜紅人としての意識』がちゃんと戻った蒼竜と、話がしたい。  そしていつか。   「……っ、りゅう……っ、いつか」    僕の心が決まったのなら。  貴方が僕でいいのだと、思ってくれたのなら。   「いつか……噛んで、りゅう……」     いまの蒼竜には言葉が通じないと分かっていても、声に出してそう伝えたかった。   (……ああ、違う)     言葉が通じないと分かっていたから、ありのままの願望を伝えてみたかっただけなのだ。   彼には言えないと分かっていたから。  自分には敵わない『力』が御手付きの項を護っていることを悟った蒼竜は、香彩の肩を食みながらすんと鼻を鳴らした。御手付きの香りの他に、香彩の血液の匂いがあることにようやく気が付いたのか、徐々にその息遣いが荒くなる。  術者の血の匂いに充てられたのだ。  食物連鎖の頂点に立つ真竜は、鬼族を食らうとされているが、条件次第では守護対象でもある人も食らう。人の中でも『術力』という『力』を内包する術者を好むのだという。  では術者であり御手付きでもある自分の血は、蒼竜にとってどれほどの馳走なのだろうか。

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