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第371話 深い縁 其の一
けぇぇん、と狐の鳴き声が聞こえて、香彩 はふわふわとした心地のまま、ゆっくりと目を開けた。まだ視界はぼぉうとしていて見えにくい。だが自分の目の前に誰かががいるのは確かだった。
ああ、銀狐 だ。
式に下った愛らしい子狐が、どうして蒼竜屋敷 にいるのだろう。
そんなことを意識の片隅に思った刹那、香彩は何かを思い出したかのように覚醒した。
蒼竜屋敷に銀狐が入れるわけがないのだ。この屋敷には療 が書き換えたとはいえ、未だに紫雨 の結界が存在し、紫雨本人と蒼竜、そして蒼竜の御手付きしか入ることの出来ない仕様となっている。
召喚していない式である銀狐が顕現出来る場所、それは夢床 に他ならない。自分はまたこの場所に降りてきてしまったのだろうか。
(……それとも喚 ばれたのだろうか)
銀狐に。
「──銀狐、どうしたの?」
香彩の声に応えるかのように、銀狐は再びけぇぇんと鳴いた。
その鳴き声がどこか悲しげな雰囲気を纏っている気がする。香彩は起き上がって銀狐を抱き上げようとした。
だが、身体が動かない。
何かとても大きなものを抱き抱えている気がして、自由に身体を動かすことが出来ない。だが自分の上には何もないのだ。
(これって……?)
香彩は『力』を使って目を凝らして見る。
するとどうだろう。
薄っすらと見えてきたのは大きな丸い球体だった。
(これは一体何なのだろう)
得体の知れない物だというのに、何故かひどく愛おしくて堪らない。触れて見たくなって香彩は腕を動かしてみようと試みる。すると先程まで全く動かなかった身体が、何かに許されたかのように、いとも簡単に動いたのだ。
上体を起こした香彩は、身体全体を使って球体を抱き締めてみる。そして慈しむように撫でれば、球体はそれに応 えを返したのか、とくりと脈打った。
(ああ……これは)
森の木々のような神気の気配と、術者の気配の入り混じる丸いもの。
本来であればこれが三体あるのではないだろうか。残りの二体はどこかにあるのだろうか。
香彩がそう疑問に思った刹那。
夢床の空間にびょうびょうと竜翼特有の羽撃つ音が聞こえてきた。翼の持ち主はこの空間のどこからともなく現れて、重さを感じさせない動作で球体の上に降り立つ。
美しくも落ち着いた苔のような色合いを持つ小竜がそこにはいた。
壌竜 だ。
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